♤丸の内~大手町【定点観測】2005

2005年12月18日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】都心三態

Rimg0014jpg_2_5      ◆金融街ぴぃゆっっつと追い抜く空っ風    
      ◆かんかんとストーブ焚き並べネオ屋台     
      ◆ぐんぐんと伸びる鉄骨冬銀河         与里

  いやー寒い!今年の冬は久々に中々やるものである。日和らず、振れず、一本気に寒さを押し通すところなどは近年にない快挙であろう。

 9~10月と顕著な高温が続いたこともあり、この秋の平均気温は平年を超える高温で、記録を更新した地域もあったという。それが先月末頃から一転して平均気温は例年を下回り、気象庁に寄れば今後1ヶ月先も沖縄から北海道に至る日本全土でこの傾向が続くという。

 ここ南関東の今朝は凍ち凍ちの冬晴れで、我が家の窓一杯に南西から南伊豆の天城山、箱根駒ケ岳・明神ヶ岳、正面に大山・塔ノ岳・蛭ヶ岳などの丹沢山塊、さらに西北の武甲山・高尾山などの奥多摩山塊までが鮮明に一望できた。しかし、これらの山塊越しに窺える富士山、南アルプスなどの高山には上空に寒気団襲来を告げる雲が懸かっているように見えた。

 師走もいよいよ冬至を目前にして、貴兄には相変わらずご機嫌・ご健勝で、ご活躍ことと拝察申し上げます。昨夜辺りから又一層、冷え込みがきつくなって来た様です。年の瀬に向ってどうぞご自愛下さい。 ※拙句は、丸の内~大手町【定点観測】朝、昼、晩

※写真は今冬の大手町サンケイビル・メトロスクエアのネオ屋台村

‘05.12.18.PM   浪漫老翁乱

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2005年11月27日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】冬紅葉

051125__5 051125_010_2   
    ◆老いぼれし邯鄲(かんたん)の夢冬紅葉   与里
                     

 早や小雪も過ぎ十一月も尽。この秋の日比谷公園の広葉樹達はメリハリの無い季節推移の為せる技か、枯葉も混じり見事な紅葉振りとはいえない迄も、日比谷濠に映るそれは、遠目にはそれなりの冬紅葉で、今正に都心はすっかり晩秋の趣である。

 一方で公園の心宇池端の松などには早くも雪吊り・こも被りの冬構えが施され、皇居の濠では11月に入って冬鳥の到来が相次いで、日に日にその数を増して濠面一杯に「冬の水辺の賑わい」を見せ始めている。しかし、皇居の濠の水中では鯉ヘルペス禍は未だ癒えておらず、相変わらず指折り数えられる程の真鯉ばかりで華を添える緋鯉の姿はない。

 また、丸の内仲通りのミネナリオの電飾の設置も着々と進行中で、クリスマスの飾り付けもあちこちで目立つようになって、ここに来て丸の内のグランドマーク・新丸ビル建替工事も心なしか地上階の鉄骨建上げが急ピッチとなった(地上6階)様で、この後まっしぐらに年の瀬へ向う冬の走者も今や手薬煉引いてバトンを待っているといった様相である。

◇写真は日比谷公園の冬紅葉、新丸ビル建替え

※邯鄲(かんたん):河北省の商業・交易都市、綿花・落花生の集散地。山東-山西を結ぶ交通の要衝。戦国時代は「趙」の国都)

※邯鄲の夢:出世を望んで邯鄲に来た青年盧生(ろせい)は、仮寝の夢に栄枯盛衰の人生50年を見たが、覚めれば粥も炊き上がらぬ束の間の出来事であったという沈既済「枕中記」の古事より、栄枯盛衰のはかないことの例え。邯鄲の枕。一炊の夢。 <辞林>

※冬紅葉(ふゆもみじ):十一月に入って霜が降りたり、時雨に見舞われたりして、色付いた紅葉がいっそう鮮やかになる。また、わずかに枝に残った紅葉も美しい。残り紅葉。紅葉散る。落紅葉。木の葉雨。木の葉散る。<現代歳時記> 

‘05.11.27.AM 浪漫老翁乱

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2005年10月 8日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷濠喪中

Image016_2_1 それは、使い古され捨てられて水面に浮いた布が折からの東風に吹かれて揺れているようであった。近付いて見ると、全身をボロボロに腐乱させた大きな真鯉が水面で身をくねらせている姿があった。覗き込む目の前でそれは二つに割れたが、下腹の辺りで尻尾が千切れてしまったようだ。そして二つに分かれ分かれになったばかりの身体は夫々が未だ懸命に動いていた。

 それは、9月も押し詰まって冷たい野分の吹いた朝のことでありました。私の目の前で逝ったのは、コイヘルペス禍の終息を確かめる為にこの夏に試験放流された屈強者揃いの決死隊員の中の一尾に違いない。 今、日比谷濠は喪中である。

 「コイヘルペス禍は1980年にイスラエル、アメリカで発生して、イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、インドネシア、台湾などに伝播した。2000年にはコイヘルペス・ウイルスが原因と確認されたが、現在までの所、その有効な治療法は見付かっていない。又、水温30℃以上では増殖しない為、人(体温36~37℃)には感染しない」(農林水産省安全局)と言う。

 夏に試験放流された鯉達の無事な姿にコイヘルペス禍終息の確信を得たものか、9月に入ってコイヘルペス汚染の公告看板が一旦取り外され、束の間置いたばかりの下旬に又慌ただしく付け戻されたことがあった。夏で水温が30℃以上に上昇してウイルスの増殖・感染が抑えられていたことをコイヘルペス禍の終息と思い違いし、秋に入って水温が下降してウイルスが活性化したことで慌てて撤回したと言うことだろうか。

 今日10月8日は二十四季節でいう「寒露」です。先月9月23日の「秋分」に続く「寒露」は、雁が飛来すると言われる<初候>から、菊が咲き始める<二候>、更にキリギリスが戸口で鳴く<三候>へと移り、10月23日の「霜降」に至る。しかしここ南関東は朝からそれらしからぬ高温多湿で愚図付く天気となってしまい、空の遠くから渡り鳥が飛来して来る風景を実際にはもちろん、想像することすら適わぬ一日であった。

 定点観測ウオーキングの主要コースにある皇居の濠はゴールデンウイーク明けに発生したコイヘルペス禍から未だ抜け出せないでいます。濠の生態系が崩れてしまい浄化力が衰えたのだろうか、未だに青子に覆われて澱んだ濠面は生き物の気配無く不気味に静まり返えったままである。この夏の季節を喪失して尚、未だに無風流を囲っている日比谷濠では濠付の白鳥・ホワイト夫妻の所在無げにポツン、ポツンと濠面に浮く
姿が寂しげである。

 そろそろ都心にも雁・鴨などの冬鳥が到来する季節を迎える頃ですが、果して今年も皇居の濠へやって来て、この水に馴染んでくれるものだろうか。渡り鳥は水辺から水辺へ、国から国へと自由に検疫も無く飛びまわるグローバルな存在であろう。「ひょっとしてこの禍は彼等が水辺から水辺へと伝播させ、又、彼の地より日本へ運んで来たり、日本からの里帰りで故郷の水辺に運び込んだりしているのではあるまいか」と思ってしまう今日この頃です。

◆秋高しいざ喰らわんか昼屋台    与里 

‘05.10.08.PM  浪漫老翁乱

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2005年8月21日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷濠新涼

Image007_3_2  ※写真はクリックすると拡大できます

          ◆新涼やゆらりビル影日比谷濠   与里

 暑さがなかなか立ち退かないと思っていても、ひと雨毎に秋が近づいて来る。その涼しさを新涼という。それまでとは違った涼しさが風の中にある。草木に吹く風が引き締まっている。(現代歳時記/成星出版)

 この夏の皇居の濠と言えば、鯉ヘルペス禍による消毒で生態系が崩れてしまい、普段の夏の季節を象徴する鳥や昆虫達による賑わいは影をひそめ、大発生したアオコが埋め尽くす緑の濠面には濠底から湧き上るメタンガスがあちこちにブツブツと無数の波紋を作り辺り一帯に異臭を放ち、人や動物を気軽に寄せ付け無いものがある。 

 生き物の気配といえば、アオコの幕を破って所々で頭を持ち上げて一息入れているミドリガメと、この夏旺盛に繁茂してモッサリと重たげなその枝垂れ葉を水面に映しているヤナギの並木と、対岸の皇居外苑の森から聞こえてくる姿の見えぬ蝉の声ぐらいである。そしてこの夏の気象の概ねの傾向であった高温多湿で無風の大気と、終日続くどんよりとした空模様とが濠と濠端の季節外れの陰鬱振りに拍車をかけている。

 立秋が過ぎて間もなく処暑を迎えようかというその朝のウオーキングでのこと、「こんな濠の陰鬱はもう沢山だ、我慢ならない!」とばかりに突然、その由緒正しき秋の偏西風は吹いたのである。そしてその風はこの夏中淀んですっかり汚れ切ってしまった濠の水面一面にさざ波を起ててアオコを掃き清め、重く茂ったヤナギの枝垂れ葉を軽々と靡かせて新装成った高層ビルのファサードを濠越しに覆い隠した。気が付けば頬にあたる今朝の空気は何時になく軽く清々しく感じられ、仰ぎ見る天は忘れかけていた青空を間もなく取り戻すかのようであった。

’05.08.21.AM  浪漫老翁乱

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2005年7月24日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷濠その後

050610_004_3 ◆出立の空ついて咲く葵花  屁施

 関東地方は梅雨が明けたというのに一向にそれらしい天気にならず、この所は連日のように相変わらず湿気の多いやや低温の曇天が続いて“梅雨寒”を思わせる。芙蓉の花が咲いて雷雨がとどろき、それを機に梅雨明けとなって晴天続きの夏たけなわを迎えるというメリハリの利いた気象の推移は今や昔の語り草となったようである。

 そんな早朝のウオーキングでの日比谷濠は先のコイヘルペス禍による消毒も終わり試験放流したものかよく探せば数尾の真鯉が見られるようになったが、水面でまれに起こる波紋は相変わらず外来のミドリガメ達の作るものであり、働き者のホワイト夫妻(白鳥)も濠の隅で手持ち無沙汰をかこっている。

 濠の消毒の所為で小魚や昆虫類が激減したものか、それらを捕食する燕、鵜、カモメや水面を掠めて飛ぶトンボ達も今年は姿を消してしまい、真夏の賑いを見せるはずの皇居の濠は、異常気象の夏を謳歌、繁茂して盛んな新陳代謝を繰り返す濠端のシダレヤナギが散らす著しい数のかばね葉(夏落葉)を動くものの
気配の無い鏡のような水面に浮かべて今は静まり返っている。

 濠端の並木の今年の繁茂振りは確かに異常なものがあり、二間(3.6m)幅ほどの遊歩空間は濠側にヤナギ、日比谷通り側にイチョウの並木が植えられて中の一間(1.8m)ほどが実際に人の歩ける所となっていますが、ヤナギはこの場所一杯に繁茂、枝垂れてそこを通る歩行者は例年に無くその下を一々
潜るようにして通り抜けねばならないほどである。

 そして、私事ではあるが最近一皮並べの頭髪が風前の灯となって「大相撲の関取でいえば間もなく髷が結えなくなって引退」の時を視野に入れるこの頃では、通勤時に身につまされる出来事という訳である。

◆写真は日比谷公園のタチアオイの花

’05.07.24.PM  浪漫老翁乱

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2005年5月29日 (日)

♤皇居外苑馬場先濠【定点観測】都心万々緑

050520_013_3   老母がこともあろうに先の母の日に骨折、入院、手術という事件が発生し見舞いなどで連休明けから気忙しく、慌しい日々を過ごすこととなった。この春は種々の花々が取り分け大きく、色美しく、数も多く咲いたというが、その盛りを堪能する余裕も無く時は過ぎて時節は早や五月尽。辺りは早くもムクムク、モリモリと万緑盛り、時には木陰も欲しくなる薄暑、もう初夏である。

 ウオーキング先の皇居外苑のお濠は、先ほど何者かによってコイヘルペス菌に汚染させられてしまい、ほんの一月ほど前にはあちこち盛んに波紋を作って春を謳歌していた鯉達も今は死んでその姿は見られず、折角の初夏到来にも石垣とその上の盛んな新緑とを静まり返った水面に映すのみである。    ※写真はクリックすると拡大できます

   コイヘルペス病は人や他の魚への影響は無いとのことである。燕は近年都心への到来が極端に減ったと言うものの、この濠端でも一月程前には数羽を見掛けることができたものが、濠の消毒で餌の虫が居なくなった所為か今その姿はない。

 新緑のしだれ柳とそれを写す濠の水面にさぞや好く似合ったことであろうその颯爽とした姿を見られないのは、死んでしまった鯉達の姿と共に季節の風情に画竜点睛を欠いて残念である。コイヘルペス病に罹った鯉を放流した犯人は外人観光客にも人気のある日本屈指の観光スポットの風流を損なうことまで目的の範囲だったと言うのだろうか。

 花粉症の方々にはとんでもない当たり年であったろうが、植物達は元気一杯で、昨夏の猛暑が作った大量の花芽の一斉開花により今年の春は飛び抜けて爛漫であった。植物達の隆盛は都心も同様で、その爛漫の春を引き継いだこの初夏の都心の新緑も又、例年に増してボリュームに富んで豪勢・見事なものがある。

◆写真は、動くものの居ない静まり返った馬場先濠を寂しげに見回るブランカ夫人。

’05.05.29.PM  浪漫老翁乱

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2005年3月19日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】春到来

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 時節はお彼岸、明日は春分。南関東の今日は途方も無く暖かい春光る一日。三寒四温の仲春もやっと桜の開花を視野に入れる程の所となった。歳の所為か少しばかり堪(こた)えたこの冬の寒さからそろそろ開放される悦びを先に感じ始めた身体から己が元気付けられるような気のする毎日、春到来である。

 一昨朝、ふと予感を覚えて立ち寄った日比谷公園の心宇池は3月初旬の降雪で大活躍した雪吊り、菰(こも)巻きの撤去作業が早くも始まって、日比谷門近くのそれらは既に解かれて、奥の池面に伸び出た数本の松に掛かる雪吊りの縄とその周辺の菰巻きの藁(わら)とを残すばかりであった。

 そして一夜明けた昨朝にはそれらは跡形も無く取り払われて、突然支えを失い心許なげながら、入学期式を控えた新入生のように初々しげに観える松の木達とその姿を水面に映す心宇池とが春を迎える佇まいへとすっかり整えられていた。

 気象庁によれば寒暖の鬩(せめぎ)合いは未だ続くというが雪吊り、菰巻きの設置が暖冬の予想される最中であったのと同様に撤去が気象に関りなく事務的に実行されるのは、どちらの費用も同じ年度内予算で賄われている所為であろう。

 又、この朝の皇居の濠では冬鳥達が水面で伸び上るようにして盛んに羽ばたき、数羽ずつ群れては飛行し滑空を繰り返すなど落ち着かぬ様子で、水も温んだのか大きな鯉達が水面に浮上しては作る波紋があちこちに観られ、春の兆しをそこ此処に見付けることが出来る。

 眼近な所で気が付けば、この冬はすっかり葉を落し切って枝ばかりとなっていた濠端の街路樹の枝垂れ柳の新芽が日に日に膨らんで来て、色づきを増している様こそは紛れも無い春本番への秒読みなのであろう。暦は啓蟄を遥かに過ぎ越して、一昨日、17日の木曜日はもう彼岸の入りであった。

◆写真はその日、うららか昼食日和で賑う大手町東京サンケイビル広場の屋台ランチ風景。集まる人々の表情・服装も何処となく春、春、春!花粉症のマスク姿もやはり春!花粉如き何するものぞと出動、行列するNO.1人気ランチは彼のアジアンランチ屋台。

’05.03.19.AM  浪漫老翁乱

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2005年3月12日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】繁華街大競争

050309tokyobuil011_3_1  三寒四温とはよく言ったもので、時ならぬ春雪の冷えこみから一転して今週は暖かい日が続いた。二月は、冷え込みを強調するかの様に粛々と屹立するビル群が良く澄んだ青空をくっきりと切り分けていた都心のスカイラインも今朝は湧き上がる靄(もや)で輪郭も和らぎ、気付けば早朝の陽光に映えるビルのファサードや街路、ブランドショップのウインドウ、そして路往く人々の表情や仕種にもにも春があった。

 冷え込みから身を守る為にコートの襟を掻き合わせて、せかせかと足早になることも無く、久し振りにゆったりとした気分でウオーキングを終えて職場に辿り着き、入れ立ての珈琲を飲みながら目を通した日経MJ紙に興味深いアンケート記事が載っていた。

 それは、日経産業消費研究所が首都圏33箇所の繁華街の人気度を、首都圏30km圏内に住む20~60代の成人男女の内から無作為抽出した880人を対象に去年12月にアンケートした調査結果で、内容は3~4年前に比べて「行くようになった繁華街」と「行かないようになった繁華街」を二箇所まで選ばせ、前者の回答割合から後者の回答割合を引いた数字をランキング付けしたものである。

<行くようになった街ベスト10>     
①お台場5.3%             
②横浜・みなとみらい4.4% 
③恵比寿2.9%
④幕張2.2%
⑤丸の内2.0%
⑥品川
⑦吉祥寺
⑧六本木
⑨立川
⑩府中・聖蹟桜ヶ丘

<行かなくなった街ワースト10>
①渋谷▲14.8%
②新宿▲12.3%
③原宿▲5.9%
④池袋▲5.1%
⑤銀座・有楽町▲1.5%
⑥日本橋・八重洲
⑦上野・御徒町
⑧自由が丘
⑨下北沢
⑩大宮

 人が行くようになった街は再開発の進む新鮮な街で、「再開発ビルへの来訪者の評価・イメージ」のトップは「居心地よい」が丸の内オアゾ、「刺激的」が六本木ヒルズ、「文化的」が丸の内オアゾ、「高級感がある」が六本木ヒルズ・丸ビル、「遊び心がある」が汐留シオサイト・コレド日本橋、「好きなブランド店がある」が六本木ヒルズ・丸ビルであった。

 一方、人が行かなくなった街では渋谷と新宿が突出、池袋、原宿と続き、かつて人気の山手線繁華街が並び、若者の街といわれる渋谷はアンケート対象の一番若い20代でも「行かなくなった街」でトップであったという。渋谷と新宿の人離れの理由は治安に関する不安で、「風紀が悪い」に30~40%、「街に居る人に危険や怖さを感じることがある」や「街が汚い」に10~15%の人が答えていると言う。

 そして調査報告は「今後も都心部では再開発計画が目白押しで、居住者の都心回帰もあって新スポットの集客力は強まり、都心部は限られたパイを奪い合う競走で優勝劣敗がより鮮明になる時代に入った」と結んでいる。

 勉強と称して最新の再開発街区の店に狙いを定めて飲食会を行う職場の習性のお蔭もあって、これらの都心対象地区の殆ど全てに出入りしている所為か、この調査結果は私が日頃感じていることと合致、うなずけるものであり、「私の時代感覚もまだまだである」と密かに自負した処である。

 都(みやこ)の有り様は大げさに言えばその時代の国情や世情、市民文化を反映する鏡であり、こういう調査結果やその傾向は含蓄あるもので興味をそそられる。この調査結果をご覧になっての諸兄姉のご感想や如何に?

◆写真はこの程上棟成ってこの秋10月にも竣工、リニューアルオープン、市場投入される東京ビル(仮称)。東京駅丸の内駅舎の空中権を買い取り容積率を積み増した、「特例容積率適用区域制度」の日本初利用建物である(右手は東京三菱B/K本店ビル、手前は東京中央郵便局舎)。
※オフィス・店舗の複合高層ビル、地下4階、地上33階、高さ164m、延床面積15万㎡、オフィス階はワンフロア800坪、天井高2.8mのワイドな無柱空間

’05.03.12 浪漫老翁乱

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2005年3月 4日 (金)

♤丸の内~大手町【定点観測】春の雪

050304_019_2_1 050304_006_2※写真はクリックすると拡大できます

  明日は大雪のようですから、どうぞお休みになって下さい」と言われたにも拘らず、都心の雪景色が観たさにマフラーに防水靴で身を固めて今朝も出勤。何時もの時間の7時少し過ぎには訪れた日比谷公園の心宇池はこの所の都心では終ぞ見掛けたことのない盛んに降りしきる粉雪にかすんで、池の周りの木々の梢越しに望む帝国ホテルも朧(おぼろ)である。

 先の二月中旬の冷え込みでの“都心氷結”で紹介したが、件(くだん)の心宇池の“雪吊り達”はこの冬何度目かの今朝の積雪に又々、「どうだ、どうだ!」と肩を怒らせて揃い踏み、随分と得意そうである。

 この日の降雪のピークに未だ間のある時間帯であったが、強い北風を伴って激しく降る雪に辺り一帯は早くも雪化粧である。今朝は未だ街灯が点ったままで人気の無い濠端の歩道を、傘の下にまで降り込んで顔に当る春の雪を愛でながら日比谷から大手町に向った。

 ウオーキングで踏みしめるまっ更な雪は、都心が日頃溜め込んだ体熱で降り積もる端から溶けて、雪国のそれの様にサクサクとはいかず、ザクザクといった感触であることが折角の雪の風情を損なって残念である。

 都心の三月の降雪は1998年以来7年振りと言うことであるが、程なく故郷の北国に帰らなければならぬ到来者の冬鳥達はこの都心の春の雪が殊のほか嬉しそうである。又、そんな彼等に負けず劣らず濠の中央で仲睦まじく寄り添ってテンション高く踊るワルツ姿は流石!の馬場先濠のブランカ夫妻。

◇写真は心宇池の雪吊り風景と雪の馬場先濠

‘05.03.04.PM. 浪漫老翁乱

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2005年2月20日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】皇居濠の冬鳥

Madamwhite2 Kinnkurohajiro0502_1 Hashihirogamo1_2_5 ※写真はクリックすると拡大できます   


 日比谷通り沿いには江戸城名残の濠が3つ並んでおり、晴海通りとの交差点で「くの字」をなす日比谷濠が最も広く次が東京駅から正面に当る馬場先濠で、パレスホテルに面してヒノキ橋の架かる和田倉濠が最も狭い。                

 二月の冷え込みのきつい早朝の濠端は人影もまばらで冬鳥達には格好の時節と見えて、濠の水面は到来者のハシヒロガモ、キンクロハジロ、ハシハジロ、カルガモ、などの中小型のガンカモ類に東京湾からのカモメ、時折はヒメウが加わって大層賑やかである。

 夫々の濠に浮遊する鳥達の数は濠の広さに見事に比例しており又、鳥達の種類・数が年間通じて最も多い時節にも拘らず各濠面の秩序は良く保たれている様である。皇居外苑の濠毎に1組ずつのコブハクチョウ夫妻が通年配属され、国家公務員・宮内庁職員?として様々な海外到来者の入出国検査や滞在管理、治安維持に当らせている事は既に良く知られている。

 管理といっても相手はやはり外国鳥であり、皇宮外交の一端を担う外交官でもある日比谷濠のホワイト夫妻、馬場先濠のブランカ夫妻、和田倉濠の白夫妻、取り分け御夫人方は選抜、洗練されて、何れ劣らず、すこぶる付きの優雅・端麗な容姿・振舞いは流石で、時に辺りを祓う程の威厳に満ちたものがある。

 日比谷濠の大柄のホワイト夫妻のその気品豊で悠揚迫らざる物腰は流石大濠を任せられるだけのことがある。又、馬場先濠のブランカ夫妻は夫が色男気取りの怠け者で人(鳥)目もはばからぬ仲違いと熱愛を繰り返し、「馬場先堀は、かわいらしくてやり手のマダムブランカでもっている」ともっぱらの噂である。

 それに引き換え、和田倉濠の白夫妻は小柄で、とても内気、何時も檜造りの和田倉橋の影に仲良く浮かんで鳥達の営みを遠望するに止め、滅多なことではそこを離れ様とはしない。

◇写真は水面のプランクトンを掬い食べるに忙しい雌雄のハシヒロガモとキンクロハジロ、そして皇居の濠では屈指の令夫人、日比谷濠のマダムホワイトそのひと。※因みにコブハクチョウの所属はガンカモ目、ガンカモ科、ハクチョウ属

’05.02.20 浪漫老翁乱

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2005年2月15日 (火)

♤丸の内~大手町【定点観測】新丸ビル跡地

050210_5_2  二月も中旬に差し掛かったというのに、朝出掛けの戸外で最初に吸い込む空気の冷たさといったら無い。寒気は一向に緩む気配を見せない。この冬は中々にやるものである。

 冷たい時雨の早朝、やせ我慢のウオーキングで通り掛った新丸の内ビルヂング(新丸ビル)の解体現場、たまたま残骸の搬出で開扉した行幸通り側の出入口で守衛に頼んで仮囲いの中を覗かせてもらった。解体工事は既に地上部を終えて、地階部分に掛かっており、仮囲いの中は様々な重機と幾らかの残骸の他には地上には何も残っておらず、囲いの全てを内側から見廻せるほどに見通が利 く。               ※写真はクリックすると拡大できます

 そして在りし日のここ新丸ビルとは向い合う仲で、一昨々年に保存建て直し成った由緒ある日本工業倶楽部会館(重文)のデンと構えた姿が思いがけずも正面に見える光景は新鮮で感動を伴うものであった。又、写真の工業倶楽部会館後方の三菱信託銀行本店ビルのガラスファサードに写っているビル影は、新丸ビルとは行幸通り越しにやはり迎い合い、一足先に建て替え成った丸の内ビルディングである。

 東京駅と皇居を結んで、丸の内地区の景観上の中心軸である行幸通りの左右を占める姉妹ビルの一方の解体で、東京駅前から皇居を望む景観は歯の抜けたような寂しさがある。 しかし同地区最高・最大を誇ることに成る新々丸ビル(地下4階、地上38階、高さ198m、延床面積19万㎡)の間もなく始まる建設は工事中の姿それ自体が丸の内の景観史上 “一時の見もの” となることであろう。

 今、東京駅周辺でビル建設・計画中の主なプロジェクトはこの新丸ビルの他に、東京ビル、三菱商事丸の内オフィスビル、日比谷パークビル、八重洲口南棟・北棟、東京駅日本橋口ビル、三菱商事ビル+古川ビル+丸の内八重洲ビル建て替へ計画など7つを数える。

 尚、昨年6月の都による用途地域の変更で大手町・丸の内・有楽町地区の指定容積率が1000%から1300%へと引き上げられ、他の特典も適用されるて、上記ビル群の建替えによる合計床面積は、旧面積の1.3倍を優に上回って110万㎡(33万3千坪)にもなると云う。

 又、この伝統的な都心一等地の商業施設の強化を伴う拡大リニューアル作戦が汐留、六本木、品川などの新興地区への企業や人の流れを奪って、東京駅周辺地区へと呼び戻す回帰現象を引き起すことを本気で心配する向きも多いと聞く。

05.02.15.PM 浪漫老翁乱

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2005年2月 5日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】新丸の内ビルヂング

050131shinmaru_2 041221shinnmaru_3 030409shinnmaru_3 ※写真はクリックすると拡大できます

 暖冬、暖冬といっていたはずなのに、ここ南関東は冬型の気象の日が多く例年に無く寒さが身に染みるこの冬も立春を迎えて暦の上では春。

 定点観測ウオーキング(日比谷~大手町)で久し振りに、日比谷通り沿いの濠端から離れて東京国際フォーラム→建替え工事中の東京ビル→中央郵便局へのコースを歩いて東京駅丸の内口広場に抜けた時に突然、それは眼の前に現れた。

 都心、丸の内一丁目に半世紀振りに出現した巨大な空き地・空間である。1952年に竣工して戦後経済の高度成長と共に歩み、時代の代表的オフィスビルの一つであった新丸の内ビルヂングが今週、忽然としてその姿を地上から消し去ったのである。

 仮囲いにすっぽりと覆われて、昨秋から解体工事が始まっていたのですが、ここに来て地上部分の解体が終わり仮囲いを低く残して上部が取り払われため、視界が一挙に開けて突然の大空間の出現となったものである。

 新丸の内ビルヂングは2007年の建替え完成を目指しており、地上38階、地下4階、高さ198m、他の土地(東京丸の内駅舎)から取得した空中権を適用して、延べ床面積が先に建替えた兄弟ビル、丸ビルの1.2倍(19万5000㎡/容積率1900%)に達する、丸の内地区最大のビルが出現する予定である。

 そのことは早くから承知していたものの、長年見慣れて、心に焼き付き付いていた光景が眼の前から消え去った現実は、かつてこの地区のオフィスに通い、このビルとほぼ同時代をビジネスマンとして生きて来た私には特別な感慨がある。

 新丸の内ビルヂングが建替えに掛かったことで、丸の内一丁目界隈で古いビルのまゝで残っているのは旧東銀ビル、旧興銀本店ビル、新住友ビル(旧住銀東京営業部)だけとなってしまったようである。

◆写真は新丸の内ビルヂング三態。

 ①かつて現役時代の勇姿

 ②名ビルに敬意を表したかのような真っ更・真っ白な棺桶風板囲姿

 ③地上部分の解体を終わり仮囲の上部を取り払った今週の姿

05.02.05.AM 浪漫老翁乱

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2005年1月15日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】新スカイライン」

046_002_3_1 ※写真はクリックすると拡大できます

 

◆明け冴えて痩せ鴉一羽金融街  与里
 

 この冬は暖冬、暖冬といっていたが暮れ・年明けからこの所に掛けての冷え込みは中々どうして “いっぱしの冬” である。 私の日比谷~大手町の定点観測濠端ウオーキングも早いものでこの二月で丸3年が経つこととなり、濠端の冬も3シーズン目ということになるが、治まらぬ風邪の所為もあろうがこの所の冷え込みは格別である。しかし、寒いからと言って、このウオーキングをこれ迄に欠かすことは無かった。

 今年の親しい方への年賀状に、私事の近況報告で『相変わらずの三勤四遊にして未だ彽徊趣味ならず、光陰は矢の如くただ無事息災也』などと気取ったことを書いてみたのだが、続けて来られた己の健康には実のところ相当に感謝、満足している。

 風のある冷え込みのきつい冬の空は良く澄んで綺麗である。写真はこの正月の皇居前広場外苑の森越に旭光を背に東の空に浮び上がり、ここに来て変貌急を告げる “丸の内の新スカイライン”である。

 右から建替え工事中の東京ビル(’05/10月竣工予定、地上33階164m、15万㎡)、その下に見えるのは東京三菱銀行本店、その左の広いファサードは昨秋オープンの明治安田生命ビル(地上30階147m、14.7万㎡)、さらに、その左は目下丸の内最高峰の新生丸の内ビルディング。

 そして、その左手前工事中は三菱商事丸の内新オフィスビル(’06/3月竣工予定、地上21階115m、6.1万㎡)、その奥に見えるのは旧国鉄本社跡地に昨秋竣工オープンの日本生命丸の内ビル(地上28階、8.8万㎡)、又その左手はこれも一昨年新装成った三菱信託本店ビル(旧新永楽ビル+日本工業倶楽部会館、地上30階、11万㎡)。

 左手隅の茶色のファサードは、1967年佐藤首相が「超高層ビルが皇居前の美観を損ない、国民感情の上からも好ましくない」との談話を出して美濃部革新都知事と衝突した一幕もあった美観論争で超高層ビルの建設(当初計画は地上30階建127m)を阻止され25階建99.7mで涙を呑んだあの丸の内超高層ビルの元祖東京海上ビル。

 当時は超高層ビルを排除しようとした美観論争が今や夢のようであるが、’07年には丸の内ビルディングの左隣には丸の内最大最高を誇ることになる新丸の内ビルヂング(地上38階198m、19.5万㎡)の姿がこのスカイライン加わることになるのでしょう。

05.01.15  浪漫老翁乱

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