・俳句

2009年4月 8日 (水)

♤西生田【定点観測】菫の花

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 一昨年の夏に生業から身を引いいた後に、母、弟、義母、恩師、さらには懇意にしていた元同僚や友人たち数人を次々に亡くしたこと等で、ここ一両年は心穏やかならぬ儘に無沙汰をいたしておりましたが、時は春闌、新たな気持ちでぼつぼつと小文の掲載を再開したいと思います。どうぞ宜しく。

                   記

 リタイア後の“憧れ”無為徒食の生活にも直ぐに飽きて、聴いてみたい講座がそこにあったという理由で自宅近所のその大学のキャンパスに通うようになり一年余が経った。不祝儀などのため欠席も多かったのであるが、講義は中々に面白く、そのため講座数をあれこれと増やして新学期を迎えた。

 また受講をきっかけに始めた俳句と短歌については其々に手近の結社にもお世話になっている。そんな訳で、そこそこに忙しく、また適当に刺激のある穏やかな(?)日々がようよう板についてきた処である。

 俳句も短歌も未だ未だ見様見真似であるが、句友・歌友のどちらからも「そろそろ、どちらかに絞ったら!」と言われていて、何時まで両立出来るものなのかその目安も覚悟もない儘に、今少し、今少しと、ずるずると続けているのが現状である。

 ただ、俳句や短歌を始めたことで森羅万象をよく観察してその微妙な変化にも心を寄せる様になった己に気付くこの頃である。

 公開講座が行われているキャンパスは都心に本拠を構える大学が副キャンパスとして昭和9年に多摩丘陵の一角に開設したもので、多摩固有の自然がふんだんに残るその森は季節の折々に見事な様相を見せてくれる。それ故に、受講日のキャンパス散策は自然観察と運動を兼ねた楽しき慣いとなっている。

逝春やキール飲む女カフェテラス       与里

(※白ワインにカシスのリキュールを加えたカクテル。澄赤色が美しい)

地下BARにアイリッシュ・ウイスキー飲む男「俺って渋いぜ」と春惜しみたり        頼彦

(※ウイスキー原型。スコッチの台頭などで現在は衰微)

◆写真は、キャンパスで見つけた菫の花(Viola mandshurica)

※多摩丘陵:多摩川の中・下流の南側から神奈川県北部にかけて広がる標高100~180mの丘陵。近年は住宅地として開発が進む。

※拙句・拙歌に付いて諸先輩の方々のご批評・ご指南を頂ければ幸甚です。

09.04.08.浪漫老翁乱

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2009年2月15日 (日)

♣早春【近隣逍遥】末黒野

Yor3_120_2 仏・ディジョンの市場の蜂蜜売り・・・この親爺から買った蜂蜜は中々に美味でしばらく我が家の朝食で活躍した。(写真はクリックで拡大します)

天と地と海ぼうぼうと春来たる

末黒野や中点に月緩みおり

   すぐろの=焼野原

堅香子の怺え咲きたり朝の月

   かたかご   こら

波の穂にはや光るもの二月かな      

                           与里

09.02.15 浪漫老翁乱

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2009年2月 6日 (金)

♣二月【近隣逍遥】堅香子の花

Yos2_037_2_4 仏・オペルネのパン屋台(写真はクリックで拡大します)

◇泣きやみし双子のバギー枝垂れ梅

◇大和路のステッキの女梅香る

                     ひと

◇寒明けて朝富士の茫と聳えたり

◇新しきスニーカーで走る二月かな

◇堅香子にもう足音の遠のきし

   かたかご=片栗(花)

                             与里

09.02.06 浪漫老翁乱

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2009年1月15日 (木)

♣去年今年【近隣逍遥】とんど焼き

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◇松の先、甍の向こう、丹沢の上、雪嶺の富士に元日暮れり     頼彦 (写真はクリックで拡大します)

◇いやはての一夜のそよぎ初明り

◇今朝の春突兀(とっこつ)として摩天楼

◇振り袖がドアノックする今日の春

◇青銅のライオン寝まる三日かな

◇音楽と女に負ける寒土用

◇三次元マスクの女の目切れ長

◇少年がラッパ吹く村とんど焼く

◇冬深し残りのトランプ切り直す    

                       与里

2009.01.15 浪漫老翁乱

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2008年11月23日 (日)

◆ロビン【Hats&aSticks】クロアチア

Rimg0166_7 ※写真はクリックで拡大します

冬鷗(かもめ)まだ陽をあびし老爺かな

晩鐘の鴨むつみおりセーヌ往く

襟立てる女だてらにジッポの火

  ※トレンチ・コートと風防ライター('60年代、米製、GI用品)

夜という外套を着て翔(か)ける恋

すき焼きのしらたきが好き十二月

                           与里

081123 屁眠狗雨詠

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2008年11月 2日 (日)

♣晩秋【近隣逍遥】浄慶寺

051129_028_3 ※写真はクリックで拡大します

露置いて囲碁打つ羅漢おわす寺

宵灯り恥ずるがごとき帰り花

昨日のような今日の来て枯蟷螂

                             与里

081102 智恵歩夫

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2008年10月 5日 (日)

♣秋つれづれ【近隣逍遥】死人花

Rimg0015_5 ※写真はクリックで拡大します

妖しきは石榴韓藍(からあい)死人花

翁忌や日ノ本の四時(しいじ)友として

(※松尾芭蕉、1694.10.12)

ペガサスはまだ翔(かけ)たがり山頭火忌

(※種田山頭火1940.10.11)

鳴かぬのは芋虫蓑虫へひり虫

厭わざる客の訪ね来て後の月

ビオロンの溜息ひとつ檸檬(れもん)切る

                         与里

081005痴恵歩夫

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2008年9月 7日 (日)

◇薬師苑【一日行】処暑吟行

Photo_2 ※写真はクリックで拡大します

これからは秘仏への道秋の蝶

蝉残暑アブラミンミンつくつくし

咲き残る巨(おお)きカンナや峠道

                          与里

                        

 この夏の猛暑の後に毎日のように襲ってきた豪雨禍も治まり一転して晴天に恵まれた九月初頭の一日、句友との吟行で町田市にある薬師池公園を訪ねました。

 園内の道も草木も昨夜までの雷雨に未だ濡れそぼり、そこここに青々とした葉付き団栗が散っています。切り通しの崖は度重なる豪雨に洗われて研ぎ出された悠久の断層が滴る清水に朝の光を反射しています。

 そして、忙しげに立ち働く園丁達があちこちと目に付き、行き交う蝶や蜻蛉、激しく鳴き競う蝉たちも、久方振りの晴天の秋を生き急ぐかのようです。

 公園に到着して最初に巡った蓮池に一面繁茂した大賀ハスの葉とその上に突き出る未だ実をもった花殻の巨大振りに文字通り一同ビックリ仰天。

 この時期は端境期のこととて、評判の梅、桜、藤、花菖蒲、アジサイ、蓮花、ツバキ、紅葉はおよそ見るべくもありません。

 しかし、軒深く今日ここ一番の日陰作っている薬医門(古建築)脇から入る270種もの野草を集めたという万葉草花苑は句友の興味を大いに集めたようでした。

吾がやどに韓藍蒔き生(あ)れし枯れぬれど懲りずまた蒔かんとぞ思ふ       山部宿赤人

※万葉草花苑にある歌碑。 韓藍=からあい、ケイトウ(鶏頭)のこと                                                                               

 移築展示の古民家や薬師池など昼食をは挟んでゆっくりと散策して、秘仏薬師如来がご本尊の薬師堂にお参りしてその足で七国山ファーマーズセンターでの句会に臨んだ。

目をとじて佛とおなじ薫風裡    中村菊一郎

※薬師堂の句碑 

 句会に入会して未だ10か月ほどで吟行初参加の小生であったが、やはり肝心の句作りの方はさっぱりであった。

 それに付けても、途上のよく見なさい、発見しなさい、メモを取りなさいと主宰や句友諸先輩の適切なアドバイスのあったこと、折々でのそれとない互いの気配りや、神田明神下の老舗“みやび”の美味しい幕の内弁当の用意(予約)等々に、この世界の「充分に気を利かせた質の高い大人の付き合い」に感じ入った一日でありました。

 

080907  痴恵歩夫

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2008年8月10日 (日)

◆ローマ【Hats&aStick】Caffe Greco

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183_5 ※写真はクリックで拡大します

短夜やギョエテ潜みし Caffe Greco     与里

0806屁眠狗雨詠

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2008年6月29日 (日)

◆ローマ【Hats&aStick】フォロローマ

152 ※写真はクリックで拡大します

フォロロマーナ賑わいし昼芥子の花     与里

0806屁眠狗雨詠

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2008年6月15日 (日)

◆北イタリア【Hats&aStick】ヴェニス

1_111_38 ※画像はクリックで拡大します 

嫣然とヴェネチアンマスク夏の月    与里

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2008年6月 1日 (日)

◆シチリア【Hats&aStick】チェファルー

307_10 ※写真はチェハル(シチリア)。クリックで拡大します

気散じや誰はばからん春の海     与里

0706屁眠狗雨詠

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2008年4月 6日 (日)

♣散歩【近隣逍遥】早春

0504024_010_3 ※写真はクリックで拡大します

燈の点りずしりと重き八重桜        

春みぞれ笑わぬ山を眺めおり       

昇竜の荒息さらに黄砂ふる         

白魚の眼、眼、眼、めっ喰えんがな    

                                                                与里

080406 智恵歩夫

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2008年1月19日 (土)

♣金程【近隣逍遥】左義長(どんど焼)

080113_013_3_19 ※どの写真もクリックで拡大できます


ふり向けば赤鬼の貌どんど焼   与里

 フル・リタイア―を機に昨秋から参加させて頂いた地元のある集まりの仲間内の話で、拙宅から二つばかり先にある町、金程(かなほど)で今時にしては珍しく本格的な左義長(どんど焼)が行なわれていると知って出掛けてみました。

 新開地の今の居所に来て早18年、伝統の習俗を今尚そのままに近い形で行なっている地域が極く近くに存在することを迂闊にも知らずにいたことに、今更ながら自分とこの地の希薄な関わり様を反省したものです。一週間前に場所の確認がてら寄ってみた会場の小学校校庭では既に孟宗竹と茅・藁などを使って円錐形の櫓(やぐら)二基が組上がりつつありました。

Mini_001_2_2  地元の方の説明では「櫓は伝統に基づく様式で作られ大人用の大きい方で高さ4間(7.2m)余、底辺の差渡し3間(5.4m)程で、炉を切った内部は優に10畳間を超える広さがあって祭りの宴の場に使う」と云うことでした。

 その時はこれが燃えるのでは相当な見物になるだろうと想像はしていました。しかし当日のそれは著しい噴煙と巨大な焔に加えて青竹の爆ぜる音々、渦巻く風々、陶酔して佇む男達・女達と走り回る子供達が火焔を遮って作るシルエットとが織りなす想像を超える一大ページェント(野外劇)となったのであります。

 そして、それら沢山の昂奮の真っただ中で私自身もまたこのステージ(舞台)に立っている出演者の一人であることにふっと気付くのでありました。

080113_024_2  ・・・やがて、煙も、火焔も、青竹の爆ぜる音も、渦巻く風も、子供達も治まって、何時始まったのか連の打ち鳴らす和太鼓の音がバックに流れ来て、厄払を終えたばかりの笑顔笑顔の男・女・子供達が大きな熾火(おきび)を囲い合って夫々が木枝や篠竹に刺した餅をかざして焼くシーン(場)もまた誠に好く出来たグランド・フィナーレ(終幕)と云うべきでありました。

 消防車を待機させて炊くこれ程までも大きな裸火を身近に見ることの出来る機会に巡りあえるのは現在の都会人には希有なことでありましょう。「平安時代の宮中行事に始まって全国で広く見られる習俗となったが、東京では江戸時代、万治、寛文と、火災予防のために禁止されて以降廃れた」と云う左義長(どんど焼)を首都圏で今に残す金程地区の方々のご尽力に敬意を払うものであります。


08.01.19.PM. 痴恵歩夫

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2007年10月13日 (土)

♣サイクリング【近隣逍遥】走れ痴恵歩夫

07103jpg_2 ※写真はクリックで拡大できます

◆リタイァリー木犀の風に振りかへり
君といる金木犀の香のゆらぎ       与里
 
 フル・リタイアして「大学の公開講座でも受けてみよう」と探しまわった末に拙宅のある鉄道駅から二駅の所にある女子大でまだ明きのあった2講座(後期)を見つけて早速もぐり込み、また地元の同好会の一つにも参加がかなって、先ずはボケ防止?“脳トレ”の初期設定を終えることができた。

 次は日毎に衰え行く体の“筋トレ”は如何したものかと考えていてハタと思いついたのがサイクリングである。自転車置場に長年放置したまゝすっかりご無沙汰していたかつての愛車を持ち出して、やおら埃を払い、注油してピカピカに磨きあげ、エアを充填していざ乗ってみると・・・これがキツイ、とてもキツイのである。

 というのも、かつての私の愛車('95年製)はいっぱしのスポーツ車(半クロカン・タイプ、※下記参照)で、当時我が目一杯の体力に合わせて部品を選び組み立てさせたものなのである。そこで誠に遺憾ながら“今の私の体力が元に戻って?車体に慣れるまでの間”を条件にセミフラット・ハンドルの位置を上げ、さらにはサドルの位置をも下げることにした。そうすることで直ぐにも街に出ることができようが・・・内心は穏やかではなかった。

  ※フレーム+ハンドル+サドル;ARAYA-Muddy Fox Cx、フロントフォーク;TANGE-MTB 、ギア+クランク+ブレーキ+前後輪(27in);SHIMANO-ALIVIO(3×7=21段)、タイヤ;TIOGA-Blood Hound (700×38c)、全重量11kg余

 一応の整備なって早速、思わぬ不調・故障に備えた工具一式を携帯して勇躍近隣へのサイクリングに出かけた。その結果、車両は何処といって以前と変わりのない好調振りを確認できたのであるが、何と我が体力の程が自らの思い込みを大きく下回るものであることを改めて自覚することとなったのである。

 拙宅の周辺は丘陵とそれを作る谷間とが細かに入り組んだ地域なので等速で走るためには頻繁なギアチェンジが必要となるのだが、3×7=21段のSHIMANOの高速側ギヤは使い切れず、以前は最低速ギアで上り切れていた坂道も今の私の脚力では敵わぬことと知った、・・・整備(鍛錬)すべきは己であった。


071013.PM 痴恵歩夫 

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2007年9月 2日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】夏終る

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  (写真はこの夏、東京駅丸の内中央口より見た両丸ビル・・・クリックすると拡大します)

 この夏、私は丁度設立12周年を迎えたばかりのその会社を辞しました。私はその社史の約半分程、あたかも小泉政権(2001春~2006秋)、丸ビル竣工(2002夏)~新丸ビル竣工(2007春)などとほぼ時を同じくする日本経済の再活性期を其処で過ごさせて頂きました。

 その会社設立の1995年は、サッチャーが仕掛けレーガンが追従した「市場原理主義経済」が米財務長官ルービンによって制度化され世界普及が図られた歴史的エッポック年であります。その意味では正に時を得て時代の先端を行くべく設立された“時代の申し子”とも言うべき会社でありました。 

 私は前の職場で日本経済のバブル崩壊に続く収縮と停滞に遭遇してそれなりの苦労を経験しました。そして、そのことの理解も消化不良のままに退職したのですが、引き続き還暦後も前線に職を得たことで「日本や世界経済の動向」のその後から現在に至るストーリーを私なりに追い続けることが出来たことは幸いでした。

 今度その会社から退くに当って、謂わば一寸した“卒業メモ”のつもりで、その間に見聞きし読んだことの中から私の腑に落ちた事象を基に整理したのが前回の拙文でありました。

 ♥グローバリゼーション【じじぶつぶつ】老後の始末 
 http://jibutu.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_78f7.html 
                
 上記メモを記した後、こともあろうに米国のサブプライムローン問題による“世界同時株安”の発生があってテンヤワンヤの昨今ですが、大陸・大洋の山谷・河川・風雨・波浪が島国・湖水のそれより遥かに大きく険しいという理の如く、世界化した金融経済の波乱の程も経験を超えるものがあるようです。
 
 急速な普及・成長を続け、リスク取りに行かねば置いてゆかれる“グローバル化市場主義経済”に組み込まれて、比較劣後し続ける様であれば日本の将来はありません。競争せずに座していては、それこそ日本と日本人の未来に「何時何が起こっても不思議ではないリスク」を抱え込むことになるのでありましょう。

 好き時代の先輩諸氏の老後は「満々と溢れんばかりにお湯を張った湯船に首まで浸かって、来し方を懐かしみ、行く方の西方浄土に微塵も疑いを持たず、今日の平穏と安寧を楽しむ」というものであったでしょうが、私の世代の老後となっては、気が付けば「何時の日か湯船のお湯が冷め、また減ってしまう」ことを常に恐れながら余命を過ごさねばならぬ様であります。・・・クワバラ、クワバラ

 私もこれで晴れて紛れも無く“無職・泡沫人”と相成りました。今後は先輩諸兄姉を見習ってより自適に有意義(?)な時間を過ごしたいものと思っています。在職中の関係諸兄姉のご厚誼のほどに感謝申し上げます。

夏終るうたかたのごと我のおり  与里


※丸の内~大手町【定点観測】は今回で終ります。

070902 浪漫老翁乱

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2007年2月13日 (火)

♠Youth【じじぶつぶつ】クレマン・ブルゴーニュの一時

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※写真はクリックすると拡大します


暖冬や金の成る木に花が咲き   与里
 ※添付写真は、植えてから十数年経って初めて咲いた我家のカネノナルキの“花”。

         ◇             

 「地中で虫が動き始め、鶯が鳴き始める」という立春二候の先の休日のこと。程好く装い、未だかくしゃくとして充分に軽やかな足どりで地上47階のクラブの一室に集まった5人の退役紳士達の午後は、シャンパーニュならぬブルゴーニュ産のスパークリング・ワイン(クレマン・ブルゴーニュ)を供に始まったフレンチのフルコースランチを舞台に、広範・闊達でありながら自制の効いた話題と、洗練されて時宜を得た諧謔とが醸成するこの上もなく愉快で上質な一時であった。

 それは、あたかもジュールヴェルヌの「八十日間世界一周」のロンドン・ベルヌ街の彼のフィリアス・フォッグの通う「革新クラブ」や「退役将校クラブ」の会員諸氏の会食風景を彷彿させるもので、「与えられた人生が遭遇せねばならぬあらゆる場面で、常に勇気を失わずに立ち向かうことの出来る気力に満ちた紳士達の呼応する時間帯」でもあった。

 この昼食会は、同期の4分の1が首都圏在住という地方の大学の附属中学校の同期生がメンバーで、何年振りかで開催された昨年暮れの首都圏同期会で懐かしさを募らせて、引き続き「会おう」ということになって今年になって開催したものである。未だに現役を張っている者もいるが、流石に60台も半ばを過ぎた年齢に差し掛かって退役者が増え、これから邂逅の機会を増やそうとしている所である。

 予定した3時間は瞬く間に過ぎて、地上での別れの握手に力が入って、人混みに夫々消えていく朋達の後姿が3時間前より高揚して若返ったように見えたのは、先程までの彼等との邂逅で夫々の人生経験に裏打ちされた見識や将来への旺盛な好奇心を競い合った所為であったと納得した。その時、ふと、あのサムエル・ウルマン(1840~1924)の詩「YOUTH」を心の内で思い起こしていたのは、このメンバーの中で私だけではあるまい。

         ◆

 青春とは 真の 青春とは
 
 若き 肉体のなかに あるのではなく

 若き 精神のなかにこそ ある

 薔薇色の頬 真赤な唇 しなやかな身体

 そういうものは たいした問題ではない

 問題にすべきは つよい意思

 ゆたかな想像力 もえあがる情熱

 そういうものが あるか ないか

 こんこんと湧きでる 泉のように

 あなたの精神は

 今日も新鮮だろうか

 いきいきしているだろうか

 臆病な精神のなかに

 青春はない

 大いなる愛のために発揮される

 勇気と冒険心のなかにこそ

 青春はある

 ・・・

 ※「Youth」サムエル・ウルマン、新井満 訳 

 2007.02.12.PM 浪漫老翁乱

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2007年1月15日 (月)

♣小正月【近隣逍遥】影法師

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(※写真は横浜市青葉区寺家町の保存農地の冬田。クリックすると拡大します)

 今年も早や小正月、市場原理主義とITによる経済と労働市場のグローバル化による「世界的な収入格差」や、富裕層の流動資金の徘徊が生み出す「世界規模の資産インフレ」と言った「規範無きうねり」が最早その往く末(落し所)の見当も付かぬまま、走りに走って破綻への屈折点を曲りつつあるようにも見える年、折りしも1891年に統計を始めて以来と言う地球規模での記録的な暖冬である。

                         ◇

 彼は私より一歳ばかり先輩であり又ビジネス上の朋(とも)でもあった。本人は「バランス感覚」と言っていたが、自他共に許す「調整型」で鳴らした彼は対極にある「挑戦型」の私にとって貴重な存在であって、互いに調和し助け合った仲であった。

_010_3_3   退職後は首都圏の東と西に離れて居を構えたこともあり、互いに行き来の無いのを気にする関係であった。その彼が去年の暮も押し詰まった27日に急逝したとの報に接したのは正月4日のことである。

 元旦に届いた彼から私への明らかに本人の筆跡と思われる年賀状と、やはり昨年の暮に出状した私から彼への「今年は会おう」と記した年賀状が最後の「通い」となった(合掌)。

 ここ2~3年の間会わずにいたことが残念であり、正月早々のやる場の無い感慨がしばらくは断ち切り難いものとなってしまった。身の回りで突然こんなことも起こる年齢になってしまったと言うことか。(写真はクリックすると拡大します)

年賀状目出度くもなし朋(とも)の逝く        
日脚延ぶ我藁塚(わらづか)も影法師     与里

2007.01.15.AM. 痴恵歩夫

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2007年1月 1日 (月)

♠去年今年【じじぶつぶつ】ニューエコノミー

頌   春
 
 12月30日は私の仕事納めの日であった。年に何回とはお眼に掛かれないガラ空きの電車に乗って何時もより早く日比谷駅に到着した。先日来気になることがあって、今年最後の定点観測ウオーキングのコースは皇居濠端の道を外して、有楽町から丸の内仲通りを抜けて丸ビル、新丸ビル等のビル街を丁寧にぬって大手町に向うこととした。
 
 気になったことと言うのはこの辺りのビルの正月飾りの有無であったが、果たして、丸ビルの正面入り口(東京駅側)の門松を除きいては、この所すっかりグローバル・ブランド街化してしまった丸の内仲通り界隈では終ぞ見付けることが出来なかった。つい先日まではきらびやかなクリスマス飾りをアチコチのビルに見掛けたと言うのに、東京いや日本の由緒有る代表的ビジネス街でのこの現象は一体全体どう言う訳であろうかと思った。061229_2

 2回ほど前の“【定点観測】新丸ビル師走”では新年4月にオープン予定で現在工事中の「新丸の内ビルヂングが昨今のニューエコノミーの風潮に乗った『金属とガラスで造られた経済合理主義一点張りの風貌』でこの場所にそぐわない」と書いたが、今日日の主だったビルディングは不特定多数の投資家を対象に証券化等で流動化されており、投資効率至上主義によってその設計・建設、運営・管理がなされている。(写真、クリック→拡大)

 ニューエコノミーとは「米国が世界標準と標榜する市場原理主義」のことである。富の蓄積が生み出した過剰流動性資金は24時間世界規模で投資先を求めて徘徊する。そこでは「投資利回り」が全てで民族や地域の伝統文化の尊重や道徳律は存在せず、人や地域の格差の拡大を世界中で急速に進展させている。1990年代以降の共産主義の思想的退潮や共産国家の崩壊で、対極にある西側の自由・資本主義が牽制相手を失って大きく右に振れた姿とも言えるのであろう。

 丸の内界隈のビルが「収益に繋がるクリスマス飾りは設けても伝統文化ではあっても金にはならぬ門松は立てない」のは正にこの「米国型の市場原理主義」に忠実にビル運営を行っている管理者の存在が有るからに他ならない。そしてこの原理主義の実践者である“不動産ファンド”の資金源のかなりの部分を我々の貯蓄や年金を預かる日本の機関投資家達の資金が占めていることもまた現実である。

 時あたかも12月28日、欧州中央銀行(ECB)と米連邦準備理事会(FRB)の公表によれば、06年末でユーロの紙幣流通量(ドル換算の価値)が米ドル紙幣の流通量を追い抜くことが確実になった。ユーロ現金の利用が域内外で一貫して増え、この所のユーロ高も作用して最強の座が逆転することとなったようである。(2006.12.28.07:01日経マネー&マーケット)

 伝統や社会性を重視する価値規範を持った欧州(EU)の台頭は此れまでの「米国型の市場原理主義」一辺倒の方法論が修正される切っ掛けになるかもしれない。新年から団塊の世代の大量退職が始まることで世界金融市場への日本からの投資は急速に増えることだろう。欧州に加えていずれ中国等の台頭も予想され金融市場のイニシアチブが多極化に向う世界にあって、今や日本もいたずらに米一国に追従するばかりでなく、将来に備えて制度を整え、人材を育成して独自の立場から筋の通った金融資産の運用・構築を図るべき時が来たと思うのである。

ブランド街門松立てず去年今年(こぞことし) 与里

 2007.01.01.AM 浪漫老翁乱

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2006年12月17日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】都心黄葉

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※写真はクリックすると拡大します

金融街ただ一色に銀杏散る   与里
  (銀杏散る黄金敷きの金融街)

 12月12~16日は二十四季節の「大雪二候」(虎始めて交み、熊穴に籠もる)である。東京が元来銀杏の樹の多い土地柄であったのか、はたまた銀杏の葉をかたどった都の紋章が先であったのかは知らないが東京には銀杏並木が多い。

 私の定点観測ウオーキングの領分の日比谷通り、行幸通り、丸の内・大手町界隈も例外ではない。その銀杏の黄葉が今年は取り分け見事であり、今時アチコチに設えられたクリスマスツリーの緑と映えて美しい。

 やはり東京の街路樹に多く採用されいる樹で一足先に黄葉して散ってしまった鈴掛の樹(プラタナス)の大柄な葉が無残なまでに枯れ切って、歪み、風に吹かれて遠くまで転がって、音を立てて踏みしだかれてやがて粉々になるのと違って、銀杏の葉は散った後も鮮やかな色彩と湿潤さを保って容易に枯れず、風に吹き飛ばされることも少なく、その多くはしばらく樹下の大地で艶めき続ける。061213_3_3 

  夜の内に街路一面に散り敷かれた銀杏の落葉に夜が明けて陽が差し込むとそれは鮮やかに照り映えて、日頃は冷徹な表情を見せる金融街も一転して、街も行き交う人々も黄金のフットライトを浴びて明るくまばゆいて浮立つ様である。

 間も無く通り沿いのビルから人々が出て来てその落葉の黄金を丁寧に掃き取ってしまうのであるが、私は彼等の傍らを歩きながら「季節の折角の“綾取り”をこの街から早々と拭い去ってしまうのは・・・勿体無い」と思ったものである。※写真はクリックすると拡大します

 しかし普段は無表情でモクモクと作業をこなしているビル管理人達がその時はまるで宝物でも拾い集めているかの様にいそいそとして楽しげに見えたことが印象的であった。

 銀杏の“黄葉も落葉”もその時期は他の広葉樹に比べて遅く冬至に掛かることもある。あたかも冬に直面して身構える人の心を一時“癒して高揚させる”使命を何処かに帯びているかの様である。

◇写真はサンケイビル広場のネオ屋台ランチ風景と大手町中通り。

 2006.12.14.pm 浪漫老翁乱

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2006年11月21日 (火)

◇一山一献【一日行】おい高尾山・・・

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 ◆おい高尾山紅葉せんか冬初め
  
(高尾山まだ粧わず冬初め)
 山行くや白頭翁の背紅葉(もみじ)散る  与里

 先週末は同い年の老人(?)ばかり5人で高尾山に登ってきた。本来の予定日は悪天候と紅葉が遅れているということで1週間順延したのだが、それでも紅葉の名所というには程遠い風情であった。大勢の登山客で賑う山頂で弁当を使い終わる頃には天気も下り坂となり冷え込んできたのを潮時に下山して、麓の参道の両側にひしめくようにして建ち並ぶ蕎麦屋の1軒に立ち寄ってご当所名物のとろろ芋と蕎麦で早々と“一山一献”酒盛りと極め込んだのである。

 メンバーは地方の高等学校を卒業した同級生である。この学校の卒業生は首都圏に定着してしまった者が多く、2ヶ月に一回ほどの割合で会っている仲間内でもあり、久し振りという訳でもなかったのだが、気の置けない少人数で場所を変えての“山行き”は笑い声の絶えない楽しくも心解きほぐされる懇親の忘れられない一日となった。 

_004_3   山岳信仰の名刹高尾山薬王院のある高尾山は多摩山塊の東の端に位置し、足下の多摩丘陵越えに東の関東平野を睥睨して屹立する名山(海抜600m)である。そして関東平野をぐるりと取巻く其々の山塊の突端に位置して特異な山形を有する他の名山達、丹沢(相模)の大山-別名を雨降山1246m、秩父(武蔵)の武甲山1336m、群馬(上野)の赤城山1828m、栃木(下野)の氷室山1120m、茨城(常陸)の筑波山876mなどと共にに広大な関東平野と関八州の謂わばランドマークを構成する山でもある。

’06.11.21  屁留満屁施

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2006年11月 9日 (木)

♣立冬【近隣逍遥】花梨の実

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真っ黄色立冬の空青く花梨の実り   与里             

 昨日は立冬であったが、今日の気温は十月も上旬並みだそうだ。十一月も中旬に差し掛かろうかというのに、里山や街路樹の紅葉も未だ極まらず、ここ南関東では冬の気配を感じるのは難しい。
※写真はクリックすると拡大できます

 そこで身の回りや近隣で初冬の事象を探してみた。めっきり遅くなった日の出と、空が澄んで我家から見える日の多くなった冠雪の富士山頂へ真っ直ぐに落ち込んで行く日没、近所の小川で日に日に数を増すコガモ、カルガモ、オナガガモなどの冬鳥達、本来は秋の季語であるが、散歩道脇の農地の片隅で澄んだ青空をバックにそれとは補色の真っ黄色の実を未だに沢山着けて初冬の陽光に輝かせている花梨(かりん=榠樝)の樹があった。そして、今年も間も無くやってくるボジョレ・ヌーボーの解禁を告げるベンチの新聞と・・・。

’06.11.09 痴恵歩夫

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2006年8月22日 (火)

♣淨慶寺【近隣逍遥】処暑の蓮花

060703_2 Rimg0012_2_6※写真はクリックすると拡大できます             

処暑の蓮一輪咲き残し転居かな   朝秋

※処暑:二十四節気の一つで、8月23日ごろ。暑さがやむの意。
’06.08.20  痴恵歩夫

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2006年7月15日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】コイヘルペス禍その後

Rimg0002_2_9 060608_2_4 ※写真はクリックすると拡大できます

   

 皇居の濠は鯉ヘルペス禍の根絶に未だに手を焼いていると見え、それを告げる看板の撤去と再掲示が繰り返されている。去年の夏と同様にツバメやトンボの姿を見ることはない。東京湾からであろうか、様子を見るかのようにたまに飛来する盗賊役の鵜も相変わらず獲物にありつけず、お手上げといった様子である。繰り返される濠の消毒で本来生息していた水生昆虫や小魚の類が居なくなったのである。この盛夏の折に生き物の気配の無い広い水面の在り様は只ならず不気味である。

鯉ヘルペス鵜鳥哀しや日比谷濠   秋朝

’06.07.15 浪漫老翁乱

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2006年6月17日 (土)

♣淨慶寺【近隣逍遥】ジャガイモ・ドクダミ・ホタルブクロの花

060610_2_8060610_2_10 060606_002_2_6 ※写真はクリックすると拡大できます     

   ◆紫陽花や降り込められし厚化粧
      
人の行く裏に道あり十薬の咲く    与里

◇写真は馬鈴薯(ジャガイモ)の花、十薬(ドクダミ)、蛍袋(ホタルブクロ)

’06.06.17 痴恵歩夫

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2006年5月 3日 (水)

♤丸の内~大手町【定点観測】惜春

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世事都塵一刻清閑春惜しむ   与里

 今、皇居外苑は松、欅、山桃などの春落葉、芽吹き、新緑の真っ盛りである。一面緑の芝生に充分な間隔を保って植えられたそれらの木々はその本来の樹形を伸び伸びと屈託なく拡げて誇らしげに行く春を謳歌している。

 柳の新芽を揺らす風もない朝の皇居の濠は冬鳥が去って他に乱す者なき水鏡に新緑を映して静かである。先の3月には一尾の大きな真鯉が腹を上にして浮いていたのを見てしまったばかりで、コイヘルペスは未だ癒えないものとみえて水面に波紋を起てる鯉はまれで、未だに緋鯉の姿を見ることは無い。

‘06.05.03.PM.  浪漫老翁乱

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2006年3月26日 (日)

♣麻生川【近隣逍遥】ボケとネコヤナギ

Rimgb02jpg_3_3Rimgb25jpg_2_6 ※写真はクリックすると拡大できます

   ◆ ひっそりと隠れ処(かくれが)ふかく木瓜の花    
   ◆ せせらぎのうららほっこり猫やなぎ       与里

’06.03.26  頼秀

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2006年3月 7日 (火)

♠はなまんさく【じじぶつぶつ】偽装・捏造・粉飾

Rimga15jpg_2 ※写真はクリックすると拡大できます

仰ぎ見る花金縷梅(はなまんさく)や風の舞  
金縷梅(まんさく)や空いっぱいの花リボン   与里

「以前には稀であった“こと”が、最近になって多発するようになって目に付くようになった」のか、いや「以前から存在したが表立つことも無かったその“こと”が此処にきて暴露され始めた」のか、さて何方であろう?

・・・と考えた末の結論は、「以前から珍しいことでもないが、表立つことも少なかったその“こと”が最近になって広範な分野で頻発するようになり、その内容も大規模で悪質なものが多くなった。又、それを積極的に暴露する人々も新しく出現した。」と言うものであった。

 回りくどいと叱られそうであるが、数年前から今国会の質疑4点セット(姉歯、ライブドア、東横イン、防衛庁事件)に至るまでの間の、政・官・学・医・産・財等の多分野に亘って頻繁に目に付きだした“偽装・捏造・粉飾事件”のことである。

 経済学には、合理的経済人という考えがあるという。「完全な情報が受け取れる状況のもとで、自分の経済的利益を最大にするには如何したらいいかを考え、それに基いて最適な行動をする人間」のことであり、問題を単純化して考えるために経済学が導入した仮定だそうだ。

 最近、経済アナリストの森永卓郎氏が『実際の人間には血も涙もあり、情に流されたり、うかつなヘマをしてしまうこともある。ところが、そのフィクションであるはずの合理的経済人が一人の人間となって動き出してしまった。・・・それがホリエモンである。彼は“新自由主義”の申し子、先駆けでありその思想や価値観が具体的な形となって動き出した怪物なのである。』と喝破しているが言い得て妙であると思った。

 私は頻発する“偽装・捏造・粉飾事件”の背景には、金融の世界市場化、ネット情報システムの世界普及と、かつての旧自由主義市場(日米欧=世界人口の10%)への旧共産国家等(BRICs.世界人口の40%強)巨大人口の参入が引起こした地球規模の大競争=“新自由主義”市場時代の到来という大変化があると思っています。

 否応なく蔓延して急速に勢いを増すこの“新自由主義”市場化は、新旧両陣営の別に拘らず、あちこちの国でその慣習や制度とぶつかって混乱を発生させている。そして日本もまたバブルの崩壊以後10余年間の経済の収縮・停滞もあって、この大変化にその慣習や制度を充分に対応・調整し切れていまい。

 英国と同様に島国である日本は元来慣習法(不文法)的土壌であり、かつての多民族覇権世界帝国ローマの法体系を手本とする大陸法(成文法)には馴染みにくい慣習や文化を形成してきました。しかし“新自由主義”市場化の波はこの島国をも容赦なく飲み込んで、世界中の人・物・金・情報が出入り御免で跳梁跋扈する所となっては、もはや法や制度を周到に成文・明確化して文字通りに厳しく律して統治する大陸法的体系を参考にした社会システムの手直しが必要であろう。

 プロ化したスポーツでは選手はレフリーの目を盗みルールすれすれのプレーをするのは当たり前であり、それを又上手く裁いて試合にするのが審判の腕前というものであろう。経済先進国としては、これからでも明確で周到なルールを用意して、公正で厳格なレフリーを育て、世界中から一流のプレーヤーを集めて、堂々の名勝負試合を開催してみせるくらいの度量も欲しいものである。

 世界中の人・物・金・情報を集めて、為替の垣根を越えて24時間取引することが“新自由主義”市場であるならば、も早や、寝かせて置くだけの資産はその持主が誰であれ思い掛けない目減りのリスクから逃れられず、維持する為にも常時運用を強いられます。世界を跳梁する大口の金には大富豪の投資金やオイルマネーもあるが、我々先進国国民の将来を賭けた年金や保険資金がその多くを占めているのも事実である。

ガリガリ亡者でなくとも世界情勢・経済動向から片時も目を離せない日々、安らぎのない時間を過ごさざるを得ないことになってしまった様であります。寝る間も惜しんで目配りし、世界中を駆け回って・・・我々は一体何処へ往こうとしているのでありましょうか。

◆追伸:最近のことであるが、ある旅行社の勧誘に「当社はどんな旅先でもお客様に日々、日本及び世界の最新の金融市場情報を欠かさずお届け致しますので、安心して当社をご利用下さい」というのがあった。(閉口)

‘06.03.07.PM  痴恵歩夫

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2006年2月20日 (月)

♤丸の内~大手町【定点観測】光の春

Rimg0008jpg_2_7 ※写真はクリックすると拡大できます

 それは、たまさかの午後の陽光に照り映え、今までに見たことも無い程に輝き、艶めいて、初めて目にするものの様でした。広場を横切って振り返って見ると、もうそれは何時ものあまり好きでもないオブジェ、都会の内臓を地上に取出して見せたかの様な外国人作家の作品に戻っていた。通り掛かりにハッと目を引いたその現象はこの時節の陽光と大気との響合いの為せる技か玉響(たまゆら)のことであったようである。

 晩冬の白昼夢の如く、季節悠久の変遷を告げるこの日の思いがけない「光の春」の到来は、厳冬に加え、姉歯~ライブドア~東横イン~防衛施設庁官製談合など相次ぐ事件の発覚、更には期末を控えての石油価格と米国経済の動向、日銀の金融政策の行方などと気忙しく、油断ならない重苦しい空気に包まれたこの冬の大手町界隈、そして経済活動の一端に未だ身を置く私にもそれは一時のゆとりと明るい気分とを与えてくれたようである。・・・春はもうすぐ近くまでやって来ている。

往き交うも白昼夢のごと春光   
やれ満腹ネオ屋台村春光る    与里  

写真は東京サンケイビル大手町広場
’06.02.20.PM     浪漫老翁乱

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2006年1月22日 (日)

♣淨慶寺【近隣逍遥】凍て蓮池

Rimg0039jpg_2_2  ※写真はクリックすると拡大できます

 よく降りましたね!こちら南関東も今朝までに10cmくらい積もりました。近所の麻生川沿いの桜の枝に雪が積もって雪の花並木となり中々の風情となりました。半端でない降雪による日常が一変する雪景色もたまには良いものですね。

                 ◇

 さしものこの所の寒さも一瞬緩んだかに見えた先週の初めのこと、湘南に住むK氏から写真ファイル付きのメールを受け取り早速開いて見てビックリした。掃除の行き届いた網戸越しに冬の良く晴れて澄んだ青空をバックにして、黒々とした巨大な爬虫類が四脚を思いっきり広げた姿が飛び込んで来たのである。

 其々の脚指の吸盤らしきふくらみで網にしがみ付いているところを見るとそれはヤモリなのであろう。おそらくは、冬眠中のヤモリが寒さの緩んだ隙をみて日向ぼっこを決め込んだところを友人に盗撮されたもののようです。厳冬とは言え流石に湘南は暖かなのだと感心した。

 しかし、その写真以上に感心を引いたのは、それを伝えるメールの文面でありました。その友人は六十も半ばを過ぎて私より一年先輩に当る年齢なのだが、「凄いものを見付けたぞ、怪獣だ、怪獣Xだ!スゴイだろう?・・どんなもんだい羨ましいだろう!!」と少年の様に自慢しているのでありました。こちらも乗せられて「むむ、やるわい!」と思わず知らず興奮してしまった。

 何か気の利いいたものでも撮って送り付けてやろうと!と己が負けじ魂に火が点いて、折から又吹き始めた北風をものともせず遠出の狩猟に出撃した。敵が“凍てヤモリ”なら、こちらは“凍て蝶”でもと歩き回ったがそれらしき獲物はとんと見付からず“坊主”であった。

 写真は悔し紛れに、屁理屈付けて返送した“凍て蓮池”であります。それは、つかの間の暖気に氷も解けたその水面に良く晴れて澄み切った冬の青空を映し、その水底には旺盛であった先の夏と色鮮やかなりし先の秋の思い出をたっぷりと納めて、今はひっそり静まり返って春を待つ花寺の境内の片隅にあった。

大寒や痩せ尾根の道陽のこぼれ    
年甲斐もなき白昼夢や風花の舞い  与里

‘06.01.22.PM  痴恵歩夫

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2006年1月 8日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷濠凍結

Rimg0013jpg_2_6人知れず還暦の妻初鏡        
去年今年(こぞことし)凍り付いたまま日比谷濠   
四日はや化けの皮剥がれたり禁煙子       
                          与里
                              

◇写真は1月4日早朝の今や大変珍しい日比谷濠の凍結姿
 ※写真はクリックすると拡大できます
’06.01.08.PM  浪漫老翁乱

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2005年12月18日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】都心三態

Rimg0014jpg_2_5      ◆金融街ぴぃゆっっつと追い抜く空っ風    
      ◆かんかんとストーブ焚き並べネオ屋台     
      ◆ぐんぐんと伸びる鉄骨冬銀河         与里

  いやー寒い!今年の冬は久々に中々やるものである。日和らず、振れず、一本気に寒さを押し通すところなどは近年にない快挙であろう。

 9~10月と顕著な高温が続いたこともあり、この秋の平均気温は平年を超える高温で、記録を更新した地域もあったという。それが先月末頃から一転して平均気温は例年を下回り、気象庁に寄れば今後1ヶ月先も沖縄から北海道に至る日本全土でこの傾向が続くという。

 ここ南関東の今朝は凍ち凍ちの冬晴れで、我が家の窓一杯に南西から南伊豆の天城山、箱根駒ケ岳・明神ヶ岳、正面に大山・塔ノ岳・蛭ヶ岳などの丹沢山塊、さらに西北の武甲山・高尾山などの奥多摩山塊までが鮮明に一望できた。しかし、これらの山塊越しに窺える富士山、南アルプスなどの高山には上空に寒気団襲来を告げる雲が懸かっているように見えた。

 師走もいよいよ冬至を目前にして、貴兄には相変わらずご機嫌・ご健勝で、ご活躍ことと拝察申し上げます。昨夜辺りから又一層、冷え込みがきつくなって来た様です。年の瀬に向ってどうぞご自愛下さい。 ※拙句は、丸の内~大手町【定点観測】朝、昼、晩

※写真は今冬の大手町サンケイビル・メトロスクエアのネオ屋台村

‘05.12.18.PM   浪漫老翁乱

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2005年12月 4日 (日)

♣香林寺【近隣逍遥】山茶花の花

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     ◆目送の友発つ木蔭山茶花の咲き   
     ◆極月や人並みに風邪臥す非常勤   与里

 いよいよ極月。風邪は引いても発熱して寝込むことなど無かった“頑健”を売り物にしてきたが、十二月に入るや、風邪が悪化38.8℃も発熱して悪寒Down。何としたことか!

‘05.12.04.PM  痴恵歩夫

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2005年11月27日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】冬紅葉

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    ◆老いぼれし邯鄲(かんたん)の夢冬紅葉   与里
                     

 早や小雪も過ぎ十一月も尽。この秋の日比谷公園の広葉樹達はメリハリの無い季節推移の為せる技か、枯葉も混じり見事な紅葉振りとはいえない迄も、日比谷濠に映るそれは、遠目にはそれなりの冬紅葉で、今正に都心はすっかり晩秋の趣である。

 一方で公園の心宇池端の松などには早くも雪吊り・こも被りの冬構えが施され、皇居の濠では11月に入って冬鳥の到来が相次いで、日に日にその数を増して濠面一杯に「冬の水辺の賑わい」を見せ始めている。しかし、皇居の濠の水中では鯉ヘルペス禍は未だ癒えておらず、相変わらず指折り数えられる程の真鯉ばかりで華を添える緋鯉の姿はない。

 また、丸の内仲通りのミネナリオの電飾の設置も着々と進行中で、クリスマスの飾り付けもあちこちで目立つようになって、ここに来て丸の内のグランドマーク・新丸ビル建替工事も心なしか地上階の鉄骨建上げが急ピッチとなった(地上6階)様で、この後まっしぐらに年の瀬へ向う冬の走者も今や手薬煉引いてバトンを待っているといった様相である。

◇写真は日比谷公園の冬紅葉、新丸ビル建替え

※邯鄲(かんたん):河北省の商業・交易都市、綿花・落花生の集散地。山東-山西を結ぶ交通の要衝。戦国時代は「趙」の国都)

※邯鄲の夢:出世を望んで邯鄲に来た青年盧生(ろせい)は、仮寝の夢に栄枯盛衰の人生50年を見たが、覚めれば粥も炊き上がらぬ束の間の出来事であったという沈既済「枕中記」の古事より、栄枯盛衰のはかないことの例え。邯鄲の枕。一炊の夢。 <辞林>

※冬紅葉(ふゆもみじ):十一月に入って霜が降りたり、時雨に見舞われたりして、色付いた紅葉がいっそう鮮やかになる。また、わずかに枝に残った紅葉も美しい。残り紅葉。紅葉散る。落紅葉。木の葉雨。木の葉散る。<現代歳時記> 

‘05.11.27.AM 浪漫老翁乱

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2005年11月14日 (月)

◆グラナダ【Hats&aStick】アランブラ宮殿/ジプシーダンス

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◆秋尽やアランブラ夢遥かロマの舞う    与里

  それは、手前の急峻に切れ込んだ深い渓谷の闇に続く漆黒の夜空に辺りから切り離されて浮いている様であった。明日の一日を掛けて訪れようとしている赤い丘の宮殿、ライトアップされたアランブラである。

 万年雪を頂くシェラ・ネバダ山脈の支脈の上、海抜700mにあってアンダルシアの宝石と呼ばれる人口30万人のグラナダにはダーロ川を南北に挟んで沃野に盛り上がる二つの丘がある。

 私は今その北側のサクロモンテの丘にいる。かつてのイスラム時代の街並みが残るアルバイシン地区、現在ロマの人々が多く住む洞窟住居集落近くの展望台広場から、その南側に屹立するもう一つのサビカの丘に建つアランブラ宮殿とその先に拡がる市街地を臨んでいるところである。 

 その朝、最古の闘牛場で有名な南アンダルシアのロンダを発ち、海岸の白い家並みの街ミハスを経由して今宵グラナダに着いて夕食もそこそこに、この丘にあるロマの洞窟住居で催されているジプシーダンス・ショウを見に来たのだが、帰り掛けに夜景を見ようと眺望の利く場所に立ち寄ったところである。

 秋の夜も既に11時過ぎであるが夜の遅いスペインでは未だ宵の口なのでしょう、少なからぬロマの男女があちこちにたむろして人影を作り、時折こちらを窺うように見るその鋭い眼が暗闇の中で光っている。  

 旅の案内書に「この地区は人通りの少ないシエスタ時や夜間の見学は危険なので避けるべし」とあったが、先程の洞窟訪問もこの広場においても今宵の我々のようにロマの案内人を付ける限りでは安全のようであった。

 思い出したように又降り始めた秋の時雨が目の前に浮かぶアランブラ宮殿を霞ませ、観て来たばかりのジプシーダンスに興奮してほてった頬にかかる雨のしずくが心地好い。

S125_3_4  間口4m弱、奥行き7~8mの18畳程の洞窟住居の粗末な椅子に27、8人の観客を詰め込んで、中央に敷いたベニア板を舞台に見立てて、一人の歌手と一丁のギター・木箱ドラムの伴奏で踊り子が手足を打ち鳴らして激しく踊るジプシーダンス・ショウは其々5人一組で構成された二組のファミリーが交代で一時間程演じるものであった。

 そして想像を遥かに超えるその熱演振りは狭い洞窟中にこだまして、舞台を囲むどの客席も踊り子がひるがえす裳裾に触れるカブリ付きと言うこともあって迫力満点で、胸に迫って来るものがあった。・・どこかで聞いた様な台詞であるが、近頃に無く「感動した!」。 

 洞窟ショウの楽屋は舞台片隅の椅子です。そこでは屈託の無い所作や笑顔を見せる未だうら若い踊り子達が自分の出番になり椅子から立ち上がって舞台へ一歩踏み出すや否や背筋を伸ばし、眉間に縦じわを刻んで、口を結び、挑む様に前方を見据えて、一人の個性的な大人の女になってりりしく踊るのである。

 踊りの進行に伴って彼女等が見せるメリハリの利いた表情の変化はアンダルシア、いやスペインの女が人生で遭遇する様々な場面での女の生き様を象徴しているのではなかろうか。

 フラメンコダンスはこのジプシーダンスが基をなしていると云われますが、二日後にセビージャの劇場で見た本場のフラメンコダンスは洗練されてスマートになった分、原初的な迫力が欠け落ちてしまったのではないかと思った。

 又前日、ロンダでの朝の散歩でアーネスト・へミングウエイが住んだ家とそこから彼が毎日のように通ったと云う闘牛場への小道を歩いた所為か、この夜ジプシーダンスの踊り子達が見せてくれた表情の様々が、彼の作品「誰がために鐘は鳴る」の私の頭の中に居る登場人物達、取分け女性達に新たな息吹を与えてくれたようである。

 

‘05.11.14.PM   屁眠狗雨詠

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2005年10月18日 (火)

♠はなすすき【じじぶつぶつ】秋霖

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        ◆秋霖や洗いざらいの読書かな 
        ◆強がって日暮れ寂びしき花芒(はなすすき)  与里
    
 秋は雨の多い季節である。しかもその雨は日毎に冷たくなる。そして人に物寂しさや悲しさを誘う。秋霖(秋雨、秋黴雨=あきついり)とは、そうした秋の長雨のこと。何日も降り続いて陰気な気分になってしまう。
(「現代歳時記」成星出版)

 今日で南関東は四日続きの雨である。そして予報は明日・明後日も又の雨模様を告げている。気温も日毎に下がって来て、街行く人々の表情も服装もすっかり「秋深し」と言った風情である。これぞ正に歳時記に言う「秋霖」なのであろう。

 時あたかも、天候に呼応するかのように東京株式市場では日経平均株価が5日続落、円相場も続落して‘03年9月以来の円安・ドル高水準となった。昨日の小泉の靖国参拝が巻き起こすだろう国際的な懸念と併せて、何か只ならぬ不穏な気配も漂うようである。

’05.10.18.pm  頼秀

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2005年10月 8日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷濠喪中

Image016_2_1 それは、使い古され捨てられて水面に浮いた布が折からの東風に吹かれて揺れているようであった。近付いて見ると、全身をボロボロに腐乱させた大きな真鯉が水面で身をくねらせている姿があった。覗き込む目の前でそれは二つに割れたが、下腹の辺りで尻尾が千切れてしまったようだ。そして二つに分かれ分かれになったばかりの身体は夫々が未だ懸命に動いていた。

 それは、9月も押し詰まって冷たい野分の吹いた朝のことでありました。私の目の前で逝ったのは、コイヘルペス禍の終息を確かめる為にこの夏に試験放流された屈強者揃いの決死隊員の中の一尾に違いない。 今、日比谷濠は喪中である。

 「コイヘルペス禍は1980年にイスラエル、アメリカで発生して、イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、インドネシア、台湾などに伝播した。2000年にはコイヘルペス・ウイルスが原因と確認されたが、現在までの所、その有効な治療法は見付かっていない。又、水温30℃以上では増殖しない為、人(体温36~37℃)には感染しない」(農林水産省安全局)と言う。

 夏に試験放流された鯉達の無事な姿にコイヘルペス禍終息の確信を得たものか、9月に入ってコイヘルペス汚染の公告看板が一旦取り外され、束の間置いたばかりの下旬に又慌ただしく付け戻されたことがあった。夏で水温が30℃以上に上昇してウイルスの増殖・感染が抑えられていたことをコイヘルペス禍の終息と思い違いし、秋に入って水温が下降してウイルスが活性化したことで慌てて撤回したと言うことだろうか。

 今日10月8日は二十四季節でいう「寒露」です。先月9月23日の「秋分」に続く「寒露」は、雁が飛来すると言われる<初候>から、菊が咲き始める<二候>、更にキリギリスが戸口で鳴く<三候>へと移り、10月23日の「霜降」に至る。しかしここ南関東は朝からそれらしからぬ高温多湿で愚図付く天気となってしまい、空の遠くから渡り鳥が飛来して来る風景を実際にはもちろん、想像することすら適わぬ一日であった。

 定点観測ウオーキングの主要コースにある皇居の濠はゴールデンウイーク明けに発生したコイヘルペス禍から未だ抜け出せないでいます。濠の生態系が崩れてしまい浄化力が衰えたのだろうか、未だに青子に覆われて澱んだ濠面は生き物の気配無く不気味に静まり返えったままである。この夏の季節を喪失して尚、未だに無風流を囲っている日比谷濠では濠付の白鳥・ホワイト夫妻の所在無げにポツン、ポツンと濠面に浮く
姿が寂しげである。

 そろそろ都心にも雁・鴨などの冬鳥が到来する季節を迎える頃ですが、果して今年も皇居の濠へやって来て、この水に馴染んでくれるものだろうか。渡り鳥は水辺から水辺へ、国から国へと自由に検疫も無く飛びまわるグローバルな存在であろう。「ひょっとしてこの禍は彼等が水辺から水辺へと伝播させ、又、彼の地より日本へ運んで来たり、日本からの里帰りで故郷の水辺に運び込んだりしているのではあるまいか」と思ってしまう今日この頃です。

◆秋高しいざ喰らわんか昼屋台    与里 

‘05.10.08.PM  浪漫老翁乱

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2005年10月 1日 (土)

♠残り花【じじぶつぶつ】曼珠沙華とホトトギス

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           ◆悪餓鬼の行く方知らずや曼珠沙華   与里

 本日は10月1日大安、衣替え。南関東は朝方から爽やかに晴れ上がり秋高く麗らかである。今日~明日開催の出身高等学校の卒業45周年記念同級旅行会の目的地、伊豆も快晴とのことで打って付けの日和となった。

 高度成長期に差し掛かろうかという年代の卒業で、進学や就職で首都圏に出てそのまま居付いてしまった者も多く、母校の地に留まった卒業生との合同会は両地の中間点でやろうということになった。還暦直前に開催した前回から5年の歳月が経って、互いに公私共に何事もなかったという訳にはいかない年齢となっての再会である。 

 我が家からの丹沢山塊越しの富士もそろそろ霞み始めた。どれ、早やお昼でも摂って、ぼちぼち出掛けるとしよう。

◇写真は曼珠沙華、ホトトギス(淨慶寺)

’05.10.01  痴恵歩夫

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2005年8月21日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷濠新涼

Image007_3_2  ※写真はクリックすると拡大できます

          ◆新涼やゆらりビル影日比谷濠   与里

 暑さがなかなか立ち退かないと思っていても、ひと雨毎に秋が近づいて来る。その涼しさを新涼という。それまでとは違った涼しさが風の中にある。草木に吹く風が引き締まっている。(現代歳時記/成星出版)

 この夏の皇居の濠と言えば、鯉ヘルペス禍による消毒で生態系が崩れてしまい、普段の夏の季節を象徴する鳥や昆虫達による賑わいは影をひそめ、大発生したアオコが埋め尽くす緑の濠面には濠底から湧き上るメタンガスがあちこちにブツブツと無数の波紋を作り辺り一帯に異臭を放ち、人や動物を気軽に寄せ付け無いものがある。 

 生き物の気配といえば、アオコの幕を破って所々で頭を持ち上げて一息入れているミドリガメと、この夏旺盛に繁茂してモッサリと重たげなその枝垂れ葉を水面に映しているヤナギの並木と、対岸の皇居外苑の森から聞こえてくる姿の見えぬ蝉の声ぐらいである。そしてこの夏の気象の概ねの傾向であった高温多湿で無風の大気と、終日続くどんよりとした空模様とが濠と濠端の季節外れの陰鬱振りに拍車をかけている。

 立秋が過ぎて間もなく処暑を迎えようかというその朝のウオーキングでのこと、「こんな濠の陰鬱はもう沢山だ、我慢ならない!」とばかりに突然、その由緒正しき秋の偏西風は吹いたのである。そしてその風はこの夏中淀んですっかり汚れ切ってしまった濠の水面一面にさざ波を起ててアオコを掃き清め、重く茂ったヤナギの枝垂れ葉を軽々と靡かせて新装成った高層ビルのファサードを濠越しに覆い隠した。気が付けば頬にあたる今朝の空気は何時になく軽く清々しく感じられ、仰ぎ見る天は忘れかけていた青空を間もなく取り戻すかのようであった。

’05.08.21.AM  浪漫老翁乱

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2005年7月24日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷濠その後

050610_004_3 ◆出立の空ついて咲く葵花  屁施

 関東地方は梅雨が明けたというのに一向にそれらしい天気にならず、この所は連日のように相変わらず湿気の多いやや低温の曇天が続いて“梅雨寒”を思わせる。芙蓉の花が咲いて雷雨がとどろき、それを機に梅雨明けとなって晴天続きの夏たけなわを迎えるというメリハリの利いた気象の推移は今や昔の語り草となったようである。

 そんな早朝のウオーキングでの日比谷濠は先のコイヘルペス禍による消毒も終わり試験放流したものかよく探せば数尾の真鯉が見られるようになったが、水面でまれに起こる波紋は相変わらず外来のミドリガメ達の作るものであり、働き者のホワイト夫妻(白鳥)も濠の隅で手持ち無沙汰をかこっている。

 濠の消毒の所為で小魚や昆虫類が激減したものか、それらを捕食する燕、鵜、カモメや水面を掠めて飛ぶトンボ達も今年は姿を消してしまい、真夏の賑いを見せるはずの皇居の濠は、異常気象の夏を謳歌、繁茂して盛んな新陳代謝を繰り返す濠端のシダレヤナギが散らす著しい数のかばね葉(夏落葉)を動くものの
気配の無い鏡のような水面に浮かべて今は静まり返っている。

 濠端の並木の今年の繁茂振りは確かに異常なものがあり、二間(3.6m)幅ほどの遊歩空間は濠側にヤナギ、日比谷通り側にイチョウの並木が植えられて中の一間(1.8m)ほどが実際に人の歩ける所となっていますが、ヤナギはこの場所一杯に繁茂、枝垂れてそこを通る歩行者は例年に無くその下を一々
潜るようにして通り抜けねばならないほどである。

 そして、私事ではあるが最近一皮並べの頭髪が風前の灯となって「大相撲の関取でいえば間もなく髷が結えなくなって引退」の時を視野に入れるこの頃では、通勤時に身につまされる出来事という訳である。

◆写真は日比谷公園のタチアオイの花

’05.07.24.PM  浪漫老翁乱

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2005年7月 3日 (日)

♣麻生川の小道【近隣逍遥】半夏生の雨

◆送りみち半夏生の雨にぬれ   与里

050703_006_5  昨日7月2日は夏至から数えて11日目、七十二候のひとつ“半夏生”であった。太陽の黄経が100度となる日で、“半夏”という漢方薬がとれるカラスビシャク(烏柄杓)が生え出ることから作られた暦日である。またドクダミ科のハンゲショウもこの頃に花をつける。

 農家にとっては大事な節目の日で、この日までに農作業を終えて、この日から5日間は休みとする地方もあり、この日は天から毒気が降るといわれ井戸に蓋をして毒気を防ぎ、この日採った野菜は食さないものとされた。何故かこの日には関西では蛸を、讃岐では饂飩を食べる習慣があるという。

 その西日本を中心に4~6月は少雨が顕著であったという。平年比で福岡21%、高松23%、岡山26%、神戸33%、名古屋45%、水戸43%など西日本全体でも平均降水量は観測史上最少である。また西日本全体の6月の平均気温も高く、平年比で岡山2.5度高、福岡2.2度高など過去最高だった。

 近年の癖で、私は月が変わる毎に手元の歳時記を開いて当節とそれを挟む前後の時節の季語に目を通すようにしており、身の回りに起こる万象観察の拠り所としている。しかし、この頃の気象の不順(温暖化)振りは急激で例外というには余りに頻繁でその変動幅も四季の範疇を踏み越しているようである。

 そして、「折々の天候の変化や動植物の動静をとらえてその季節の象徴になぞらえて来た“伝統季語”は今日ではあまりにもそぐわないものになってしまった」と思っているのは私ばかりではあるまいか。

◇写真は湿地の道端でやっと見付けたハンゲショウ(半夏生、半化粧) の花、ドクダミ科の多年草で薬用(利尿、脚気)される。※別名カタシログサ(片白草)、シロドクダミ(熊本)、タンバクサ(長崎)

’05.07.03.PM.  痴恵歩夫

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2005年4月24日 (日)

♣川崎フロンターレ球場【近隣逍遥】三叉、木蓮、八重桜

0504024_015_3_1 0504024_023_2_1 Rimg0002_2 ※写真はクリックすると拡大できます

◆遅桜なお艶やかに落暉かな   与里

 昨日、今日と暖かな(暑い?)日和はもうすっかり初夏の気配、こちら南関東はもくもく、むくむくと新緑真っ盛りである。 

◇写真はそんな今日の近隣逍遥で見付けたミツマタの花、ぼたん桜(白)、モクレンである。

‘05.04.24.PM  痴恵歩夫 

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2005年4月11日 (月)

♣浄慶寺【近隣逍遥】乙女椿

◆下馬評や落花集めし神田川   与里 

 期末~期首に当ってのお定まりの行事にも未だ多少のお付き合いをしており、私事でも世話が掛かる様になった老母の様子を伝える長兄からの便りが頻繁となっては気心も落ち着かず、心身にいささかの疲れを覚えるこの頃である。

 そのため土曜日は絶好のお花見日和にも拘らず人混みに出掛けるのも億劫になり終日蟄居。それでも急き立てる様な花見の報道に釣られて、日曜日には人混みを避けて早朝に花見を兼ねた遠出の散歩に出掛けた。

 毎年お招きを受ける恩師宅での観桜の宴が今年は遅い開花で “花より団子の宴“ であったのはつい四月初旬の事、待ちに待って、冷え込みから一挙に開放されたこの一週間の植物達の急変化(へんげ)振りは圧倒的なものがあった。

 お目当ての川沿いの桜は超満開、春風に散り始めたばかりの花吹雪が肌に心地好く、気付けば並木のこぶしは既に咲き疲れ、大通りのケヤキ並木の芽吹の萌黄色は浮立つような新緑に変わり、馬酔木(あしび)、レンギョウ、山椿、木蓮等の花々が里山を賑わして、道端や一寸した土手ではイヌノフグリ、ホトケノザ、ヒメオドリコソウ、スミレ、キランソウ、カキドオシ、タンポポ等々が今や花盛りである。

 この春は例年に比べ花目の数がとてつもなく多く花そのものもとても大きい。それはスギ花粉の大発生と同様、去年の夏の猛暑と長い日照時間が育んだもので、例年に無い厳冬の冷え込みから開放された植物達のこの所の爆発的な一斉開花など圧倒的なパフォーマンスはその具現であろう。

0504010_013_2_5  この日の遠出も遠出の散歩の例に倣って “おっこし山“ 越えに贔屓の花寺、浄慶寺に立ち寄ったのだが “おっこし山” の山腹に拡がる境内の数種類の桜樹達は青空をバックに夫々が咲き誇ってここ一番の花見頃であった。

 桜の花天蓋の下でしばし佇んでいた時、ふと誰かに見詰められている様な視線を感じて見返した先に、光沢のある濃緑の葉陰の中にひっそりと咲く春のツバキ、八重ならぬ、千重咲きの乙女椿の見事な一輪があった。

 ツバキは日本自生の花木で、その語源は艶葉木(つやばき)と言い、万葉集にも歌われて、江戸時代には収集・栽培熱が一大ブーム化して、天保の末にその園芸品種が中国を経由して西欧諸国に導入されたと言う。

 フランスの小説デュマの椿姫(1848)はそうしたツバキブームの影響に乗った作品と言う。園芸品種には娼婦マルグリットを思わせる艶麗な花も有るようで、この日の乙女椿の一輪は何と!ベルディの歌曲「ああ、そは彼の人か」に打って付ではあるまいか。

’05.04.11.PM  痴恵歩夫

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2005年1月15日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】新スカイライン」

046_002_3_1 ※写真はクリックすると拡大できます

 

◆明け冴えて痩せ鴉一羽金融街  与里
 

 この冬は暖冬、暖冬といっていたが暮れ・年明けからこの所に掛けての冷え込みは中々どうして “いっぱしの冬” である。 私の日比谷~大手町の定点観測濠端ウオーキングも早いものでこの二月で丸3年が経つこととなり、濠端の冬も3シーズン目ということになるが、治まらぬ風邪の所為もあろうがこの所の冷え込みは格別である。しかし、寒いからと言って、このウオーキングをこれ迄に欠かすことは無かった。

 今年の親しい方への年賀状に、私事の近況報告で『相変わらずの三勤四遊にして未だ彽徊趣味ならず、光陰は矢の如くただ無事息災也』などと気取ったことを書いてみたのだが、続けて来られた己の健康には実のところ相当に感謝、満足している。

 風のある冷え込みのきつい冬の空は良く澄んで綺麗である。写真はこの正月の皇居前広場外苑の森越に旭光を背に東の空に浮び上がり、ここに来て変貌急を告げる “丸の内の新スカイライン”である。

 右から建替え工事中の東京ビル(’05/10月竣工予定、地上33階164m、15万㎡)、その下に見えるのは東京三菱銀行本店、その左の広いファサードは昨秋オープンの明治安田生命ビル(地上30階147m、14.7万㎡)、さらに、その左は目下丸の内最高峰の新生丸の内ビルディング。

 そして、その左手前工事中は三菱商事丸の内新オフィスビル(’06/3月竣工予定、地上21階115m、6.1万㎡)、その奥に見えるのは旧国鉄本社跡地に昨秋竣工オープンの日本生命丸の内ビル(地上28階、8.8万㎡)、又その左手はこれも一昨年新装成った三菱信託本店ビル(旧新永楽ビル+日本工業倶楽部会館、地上30階、11万㎡)。

 左手隅の茶色のファサードは、1967年佐藤首相が「超高層ビルが皇居前の美観を損ない、国民感情の上からも好ましくない」との談話を出して美濃部革新都知事と衝突した一幕もあった美観論争で超高層ビルの建設(当初計画は地上30階建127m)を阻止され25階建99.7mで涙を呑んだあの丸の内超高層ビルの元祖東京海上ビル。

 当時は超高層ビルを排除しようとした美観論争が今や夢のようであるが、’07年には丸の内ビルディングの左隣には丸の内最大最高を誇ることになる新丸の内ビルヂング(地上38階198m、19.5万㎡)の姿がこのスカイライン加わることになるのでしょう。

05.01.15  浪漫老翁乱

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2005年1月 1日 (土)

♠頌春【じじぶつぶつ】書斎机

0504020_009_2_2050520_034_2_2_2_122Photo_48 ※写真はクリックすると拡大できます

明けましておめでとうございます。
 大晦日の南関東はこの冬2度目の雪。昼前からぼたん雪が降り始めて3時間ほどでみぞれ~雨に変わったが、一時の降り振りは激しく我が家周辺では4,5cmほども積もった。夜のTVニュースによれば東京での雪の大晦日は21年振りということであった。 

 珍しく雪に降込められ大晦日は心機一転、拙宅のささやかな書斎の整理整頓に取      組むことにした。というのもそれまで1台だった書斎机を暮も押し詰まってから私と妻の分と合わせて2台を新調したのですが、新しい主役の据付で迷い手間取って模様替えやら整理やらが後回しになっていたものだ。 

 書斎机は14、5年前に我家を買ってそれ迄の社宅住まいから移った時以来、長年使っていた食堂テーブルを書斎机に転用していたもので木製で出来が良く、机面も広く妻と共用してそれなりに重宝していたものである。 

 セミリタイア(三勤四遊)して以降は私が書斎を使うことが多くなり、身の回りに置きたいものも増え、そのテーブルとPC机だけでは二人で使うには狭いということで、妻の机を新調するついでにテーブルも書斎机に替えて新調することにした。

 新調した書斎机は、本当はもう少し大きなものが望みだったが拙宅のささやかな書斎では窮屈ということで諦めて、幅120×奥行70cmのやはり木製で専用のチェストとワゴンを備えたもの2台にしたが、機能的で、他の木製の家具との釣合いも好く満足できるものであった。 

 自分専用の机を新調するのは大人でも嬉しいもので妻も私も物を納めて眺めたり、擦ったり、座り心地を確かめたりと中々整理に手がつかず、又、いざ取り掛かっても、本や書類の整理作業そのものも結構楽しくて、途中で読み耽ったりしてしまうこととなる。 

 そんな訳で整理作業は新年へ持ち越しとなり、一転して晴天となった元旦は初御空のもと雪化粧の丹沢山塊の上に覗いた初富士を眺める書斎の窓際の我が机に向かって引き籠る一日となった。今は、富士に沈む夕日が久々に澄み切った空と雲に映えてとても奇麗である。 

◆ところで“年末ジャンボ宝くじ”当りましたかな? 私めは、早々と11月中旬からウオーミングアップを開始、狙いを定めて購入し本格的にイメトレすること1ヶ月。購入した宝くじ券供には「買ってやった恩を決して忘れない様に」、そして自身には「当った時の心構えを」昼夜をあげて言い聞かせてきたのですがそのかいもなく、誠に遺憾ながら今回の勝利は適わずじまいであった。

 しかし、しかしですぞ!あの「トヨタ、イチロー、ドラゴンズ、新空港、万博そして先の路線価値上がり地点NO.1」に象徴される経済隆盛の名古屋への出張の際に購入した10枚から年末ラッキー賞の1万円が当って元本割れを防げたことはやはり多少とも霊験あらたか、流石といえましょう。

 拙句は今回の宝くじ当選へのイメトレで「当選時の記念の一句」として密かに準備していたものですが、用無き今となっては開陳することと致しましょう。

◆ふふ、うふふ、うふふふふふふ、初笑い   与里

写真は縁起ものの夫婦水鳥。左からハシヒロガモ、キンクロハジロ、コブハクチョウ、カルガモ。

‘05.01.01.PM. 頼秀

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2004年12月19日 (日)

♤丸の内~大手町【定点観測】都鳥

◆ビルバブル知るや知らずや都鳥      与里

04_2_13   未だ温暖ながら青空の下、湿気の少ない透明に引き締まった空間の先の丹沢山塊の上に覗いた富士の高嶺の新雪の白さが目に付き、南関東も流石に師走を身近に感じさせる頃となりました。

 今年は天災地変に加えて、世は内外共に狂瀾怒涛、物情騒・雑然たる一年でありましたが、諸兄にはオレオレ(振り込め)詐偽にもお遭いにならず、相変わらずご無事、ご壮健にお過ごしのことと拝察致します。   ※写真はクリックすると拡大できます

 国際的な投資環境も不穏・不安定、国内も株価は上らず国債も先安感が強いとして、低金利下で行き場(運用先)を失った金がより高い利回りを求めて投資信託手法(ファンド)を駆使して急速・大量に不動産に流れ込んだ一年でもありました。  

 証券取引所に上場している不動産投資信託(不動産ファンド=REIT)14本(利回り3~4%)の資産総額は1.9兆円を既に超え、REIT以上に高い利回りを求める私募ファンド(プライベートファンド)も90社、資産総額1.6~1.8兆円とREITに劣らない規模に膨らみました。

 「路線価の2倍で買うのは安い、3倍が当たり前という渋谷や原宿の現状は異常だ。何しろ我々の担保評価は路線価の7割でやっているのだから」と銀行マンが驚くほど、丸の内、大手町といった超一等地の超
優良物件から始まった東京圏のビル漁りは今や周辺に波及してババを引くまで吊り上る状況であるそうだ。

 そこえ持ってきて、今年はUFJ銀行の不良債権処理に伴う大型の不動産売却案件(UFJ特需)に多くのファンドが群がって、これを引き金に好調トヨタを擁し新国際空港開港、万博開催を控えた名古屋圏はともかく長期経済低迷の出口が見付からない大阪圏や更なる地方都市の物件が投資対象に出回るようになった。

 対象ビルも都心の超優良大型オフィスビルから始まって商業・流通・工業施設から最近では中小型のレジデンスに迄至っており、多少危なっかしい物件もリスク分散済の屁理屈(多数の内の一部)でファンド構成物件に混ぜられるようになっていると言う。

 先に、日本不動産研究所は2004年9月末の全国賃料統計で「日本のオフィス賃料の下落は依然として続いており、下落幅が地方都市では拡大している」と発表した。

その内容は、

「2000年の賃料水準を100とした指数で表した東京圏の2004年9月は91.0で、2003年の94.2と比べて3.3%下落、2003年の前年比下落率は3.2%でほぼ横ばいだった。 

 大阪圏の前年比下落率は2003年の5.6%から2004年は4.9%に、名古屋圏は0.8%から0.5%に、それぞれ下落幅は縮小している。これに対して地方都市の下落率は2003年の3.2%から2004年は3.7%へと下落傾向が拡大している」というものである。

 表面的な経済動向の水面下では途方もない巨額な金が短期間に競争的・集中的に投資されており、実需を超えた価格での取引の先に引き起こされるだろう将来の大きな変化への胎動は一般の未だ感知せざる所なのでしょう。

 行き場の無い巨額な金が投資対象を求めて激しく動く渦中に居ることはなかなか興味深い事でもあります。しかし、来年は早や還暦4齢もなれば 「二度目のバブルを身近に遭遇するのもかなわないな~」との思いも頭をよぎるこの暮れであります。

 写真は馬場先濠の都鳥。千鳥目の水鳥、樺太やカムチャッカ半島で繁殖して日本に旅鳥・冬鳥として少数が渡来する。ユリカモメの雅称。

’04.12.19.PM. 浪漫老翁乱

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2004年10月 9日 (土)

♠三題話【じじぶつぶつ】ムラサキシキブ

_3_13 ※写真はクリックすると拡大できます

  いやはや、迷惑千万、倣岸無礼、言語道断の台風や今一過!・・・災い無し。 さて、
①人口、世帯数は東京都、大阪市では1968年から低減傾向にあったが、同市の場合は戦後一貫して逓増傾向を続けて、世帯数が減少することもなかった。’93~96年に短期間バブル不況による人口の減少あったが97年より東京都と肩を並べ一早く増加基調に転じた。(大阪は3年遅れ)

②この春の中小企業景況感調査の結果は業況総合・設備投資・売上高・収益の各傾向判断指数のいずれもが他都市に比べ大幅に改善した。

③’04/4~6の失業率は3.7%と全国平均の4.8%を大幅に下回り、有効求人倍率(県)も1.39倍と全国トップで、東京都の1.1倍、全国平均の0.8倍を大きく上回った。

④事業所の規模別従業員数の分布で1,000人以上の事業所の従事者比率は13.6%で東京都の4.1%、大阪市の2.8%を大きく上回り、30人未満の小規模事業所の従事者は東京・大阪に比して少ない。又、製造業従事者の割合は28%で全国平均の18.5%に比べ非常に高く、建設業従事者8%は全国平均10%より低い。

⑤給与水準の分布は400~500万円/年の層が最も多く東京都と同じ形状(大阪市は200~400万円が最多)を描き、1,000~1,250万円の層も大阪に比べてはるかに高い割合となっている。

⑥’03年の同市の港からの輸出額は7.4兆円(6.3%増)、輸入は2.8兆円(6.7%増)で取扱貨物量、貿易額共に日本の第1位港である。主要輸出品目(金額)は自動車28.8%、機械25.7%、電気機器14.0%で、輸入は機械機器24.6%、鉱物燃料17.2%、繊維製品12.4%である。

⑦9月21日に発表された基準地価で、駅前の2地点が全国の商業地価上昇率で1位、3位となった。又、業績好調のトヨタが本社機能の一部を移転する’06年9月竣工予定の駅前の豊田・毎日ビル/地上47階やトヨタ関連企業の周辺終結を見込んだ再開発プロジェクトの目白押しに加えて、中部国際空港「セントレア」’05年2月開港、愛知万博など国際的に認知されるイベントの開催もある。

 ここまで書いてくると、この都市が名古屋を指し、この地域が愛知県とその周辺の東海地域であることがお分かりでしょう。
 
 昨今、東京圏に続くその活況振りが話題に上る同地域に付いて、最新レポートの1つを読んでみて、産業と人口の集中が作り出すこの地域の強さの特徴と安定感とを改めて認識した次第。

 京・大阪と江戸の中間に位置した歴史と、近年に築き上げて来た経済基盤とが織り成すこの地域の特異性が今や、世界に向けてその力量を発揮し出したと言うべきなのでしょう。

 そう言えば、この地域を代表する超優良世界企業の“トヨタ自動車”を評する場合の今や常識的な修辞「権威を頼らず、時代・常識に流されず独立独歩、独自・着実な合理主義経営」はそのまま、“あのイチロー”にも、今年の“落合ドラゴンズ”にも当てはまる様に思い始めているのは私ばかりでしょうか?言わば、『トヨタ、イチロー、ドラゴンズ』三題話。

  ◆実紫(みむらさき)机上で暮れる寒露雨   与里

’04.10.09.PM. 屁留満屁施

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2004年9月23日 (木)

♤丸の内~大手町【定点観測】丸の内オアゾ

_4_6Oazo_rimg0024_3_2Oazo_2_2 ※写真はクリックすると拡大できます

  先の9月14日、日本生命、三菱地所&丸の内ホテルの3社が東京駅丸の内北口前の旧国鉄本社・旧交通公社・旧丸の内ホテル跡地で建設中だったオフィスとホテル・商業との複合施設「丸の内オアゾ(oazo)A街区」が竣工し、書店の丸善をキーテナントに飲食・物販の33店が入居する商業ゾーンがオープンした。

 “oazo”のネーミングの由来は英語のoasisに相当するエスペラント語から採り、始と終わりの“o”は丸の内の丸=Oと大手町の頭文字のOで、間の“az”はアルファベットのa~zを頭文字とするあらゆるハード・ソフト&サービスを意味し“oazo”全体で丸の内と大手町を結びそれらの全てを供給できる街であるとのアッピールを籠めたものと聞く。

 先日の定点観測ウオーキングでオープンしたばかりの同街区を訪れ、中央に設けられたガラス屋根による7層分吹き抜けの屋内公開広場の店舗ゾーンを早速通り抜けてみたが東京駅と大手町のオフィス街との行き来は確かに今迄以上に楽しいものになりそうである。

 街区構成は駅前広場北面の日本生命丸の内ビル28階建て8.8万㎡、線路際永代通りに面する三菱地所の丸の内北口ビルディング29階建て6.6万㎡の2つのオフィスビルとその間に建つ3社区分所有のホテル・商業棟17階建て3.5万㎡であり、総事業費は場所柄にしてはややケチンボ?の660億円也。その他にB街区で建替えの中央不動産の新丸の内センタービルディング25階建て4.6万㎡もほぼ同時に竣工した。

 第一印象は思い思いのデザインの寄せ集めとでも言うもので、「東京の表玄関にふさわしい良好な市街地環境・景観の創出」を謳った筈の街区一体開発事業に大方が期待した統一感のある品各、風格には如何とも及ぶものではない様です。呉越同舟の日生と地所という夫々の分野ではトップ企業同士のコラボレーションは難しく、足並みが揃えられなかったと言うことか?

 得べかりし景観上の社会的利益の遺失は大きく、その結果は両社の失態を露呈して憚らない様に見えます。又、一部を除きビルや公開広場内外のデザインも通俗陳腐の域を出ず、当地域に期待さるべき品位秀逸に欠けるのは残念である。せめて街区外周と公開広場とに共通の蛇腹・庇を持った柱廊を廻らす等の街区全体に亘って統一感を生み出す手立ての採用が欲しかったと思う。

 しかし、国内最大級の5,800㎡の面積に八重洲ブックセンターを上回る120万冊の書籍を揃えて出店した丸善丸の内本店は丸の内・大手町側の住民にとっては朗報である。私も調べ物等では書籍を随分利用する方なので、学生時代からよく利用し八重洲BCができて以来は疎遠になってしまっていた懐かしくも気に入りの書店が今度はより身近に出現して嬉しく便利になったということです。

◆ 丸の内新ビル高く秋の澄む   秋朝
            
04.09.23.秋彼岸  浪漫老翁乱

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2004年9月18日 (土)

♠ドストエフスキー【じじぶつぶつ】曼珠紗華

_2_112 ◆ 祝い日の蝶忙しや花寺の秋  
◆ 蝉の声虫の音止んで秋時雨    朝秋

  早や仲秋、天高く時に秋麗、陰、雨。 野には萩、ススキ、鈴虫、松虫、鉦叩、 そして秋刀魚、秋味、芋、栗、南瓜・・・と、五感に響く結構な季節の到来。

 そんな先の日曜日、家人のまだ寝ている朝一番に一念発起、私にとってはこの夏から持ち越して毎日の様に気に障っていた大懸案の熱帯魚の水槽の掃除水替えを敢行しました。 ※写真はクリックすると拡大できます 
  
 水槽には我が家に来て10年以上も経ち、その水槽劇場の主役を務めるシルバー・エンゼルフィッシュ(12cm)とその敵役のドジョウの仲間で橙色に黒縞のクラウンローチ(16cm)に加えて脇役のせむし男でコケ掃除係を兼ねる鯰のセルフィンプレコ(12cm)が棲んでいるのです。

 やっとのことで終えることの出来た今回の水替えは前回から二ヶ月も経ってしまった後のことでありました。それ迄はマニュアル通りの2週間毎の掃除水替えを怠っても次の週には必ず済ませていたのですが、あろう事かあの猛暑の夏中を汚れた水に放ったらかしにされた魚達が流石に半月前辺りから餌も食わずグッタリしていたのは知っていました。

 私とて、未だあの猛夏の後遺症を引きずる身故に水替えの決心が中々付かず誠に罪深いことながら見て見ぬ振りをしていたと言う訳であります。というのも水槽は80ℓ級の中型一基ですが掃除水替えともなると脇目も振らずに取り組んでも優に一時間は掛かる重労働なのです。
 
 そもそも私が熱帯魚を飼い始めたのは二十数年前のことで、一時は中型水槽2基に産卵槽、治療槽をも備えてあれこれと珍魚水草の類を揃えてひねもすそれらの水槽を眺め暮らす程に熱中した事もあったのですが、幾度かの転居や長旅毎の面倒が嫌になり熱も冷め、寿命が来て魚の数が減っても新たな魚を増やす勇気も無くなって、しぶとく生き残った今の魚達を最期に飼うのを止める事にしているのです。

 今回やや恩着せがましく替えてやった二ヶ月振りの新鮮な水はたちまち魚達を生き返らせ、それ迄の様子が嘘の様に体色も明るく餌の喰いも良くなった魚達と見違えるほど綺麗になった水槽をしばし見やって私は久し振りに満足と心地好い安寧とを覚えていました。

 しかしその時、寄る年波の所為か世界中の苦悩を独り占めしたかの様な“しかめっ面”のドストエフスキー(エンゼルフィッシュ)が綺麗になった水槽のガラス越しにその冷たく良く光る眼で私を睨み付けてもの言いたげにしている様子に気が付いたのでした。

 “D”の曰く『絶望の中にも焼けつくように強烈な快感があるものだ、殊に自分の進退が窮まった惨めな境遇を痛切に意識するときはなおさらである』と、そして『それにしても今度ばかりはもう少しで本当に死ぬところだったぞ、これからは気を付けろよな!』

 大事業を成してシャワーを浴びた後の朝食は久し振りに旨く、その余勢を駆って春は梅に桜、初夏の紫陽花、真夏の蓮花、秋は曼珠紗華(彼岸花)と紅葉で有名な贔屓の花寺へ妻共々遠出の散歩も敢行。 花好きの住職が長年月その境内と裏山一帯に丹精を込めて、今年は例年より十日も早く満開盛りを迎えたと言う曼珠紗華の秋麗の木洩れ陽に映えて妖艶、見事な群生風景に思い掛けなく出会えたことはこの秋の幸甚でした。

 ’04.09.18.AM  痴恵歩夫

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2004年9月11日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】金融街の稲作

_2_116 ※写真はクリックすると拡大できます 

◆ 休暇明け書類つむ陰秋扇    
◆ 葛花の跳梁跋扈や老いの里   朝秋 

   中秋にかからんとする候や今、貴兄姉にはさぞ御健勝のことと拝察。さて、先の暴風猛威台風18号はフィナーレを飾るマドンナだったのか昨日は二百二十日、今南海に台風の姿なくさしもの猛夏もその命が尽きたと言うや。時節は秋冷、家路は端にコオロギ、並木にカンタンの声、すっかり秋の夜であります。

 今日迄早3年、9・11米中枢同時テロに続く米国のアフガン強襲制圧を引き金に報復が報復を呼び、大国の国家・民族への制裁介入と自爆も辞さない大掛かりなテロが世界を舞台に繰り返され、この1日にはロシア北オセチア学校占拠テロ、9日にはジャカルタ豪大使館前爆弾テロが新たに発生して「吾身がその場に居合わせ無い僥倖」と止め成せず増幅するその傾向が「世界破綻への大事」に至らねば良いがと祈るばかりです。

 プロ野球1リーグ制問題で賑う新聞社街、そしてここに来て仕込んだ世界標準の新理屈を引っ提げてシャイロックが再び跳梁せんとする金融街、その一角大手町JAビル前のポット田圃では猛暑の夏を無事に過ごした稲が行き交う人に頭を垂れ始めました。 担当のJA職員によれば「この夏の猛暑で良く育ち豊作」とのことであるが「気温が高く朝晩の温度変化の少ない大手町産の米は旨くはない」そうです。

               
’04.09.11.PM 浪漫老翁乱

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2004年8月 7日 (土)

♠不動産ファンド【じじぶつぶつ】百日紅の花

Jpg_2_13 _2_109 ※写真はクリックすると拡大できます

◆不覚にも 還暦三年 百日紅(さるすべり)   与里

 激暑の夏も今日は立秋、私の居所でも季節の折り返しを告げるかのように朝早くから盛んな蝉しぐれです。貴兄姉にはお健やかに、ご機嫌好くお過ごしでしょうか?私事ですが、ゆっくりするつもりであったこの夏は妙に忙しくなって、半分リタイアの身としてはやや閉口する毎日を過ごしています。
 
 さて、全上場企業を対象とした「減損会計」の’05年度(’06年3月期)からの完全実施と二年間先送りされていた金融機関の「ペイオフ」の’05年4月以降の全面解禁が迫っていることで、この頃は事業会社と金融機関が絡み合って不良資産処理・保有不動産の処分が急加速しています。

 不動産の処分といっても、従来のように企業同士が単純に売り買いし合うことで再び不動産を保有してしまっては「減損会計」になじまない為、第三者機関(特別目的会社や信託銀行)に一旦保有させ流動化(証券化、不動産ファンド化)して投資家を募りオフバランスシート化するという、近年日本に導入された欧米流の手法が盛んに活用されています。

 手持ち不動産の処分を急ぐ事業会社と大量の資金を抱えて大口投資先に困っている金融機関の事情がマッチして、この手法による不動産処分は大規模・広範に相当なスピードで進んでいます。

 ここ1年程の間に物件は、かつての大型優良オフィスビルから中小型ビル・商業施設・流通施設・賃貸マンションに及び、地域もかつての東京都心から首都圏のターミナル都市圏更には地方政令都市に及んでいます。大口投資家事情やファンド経費の集約等の事情もあって組成単位は一本あたり10数物件以上、金額が数百億円単位にもなる様です。

 業界での扱い物件数の増加・多用途化・地方都市への拡散やそれ等が短期間に処理される猛烈振りは、手法を変えての「何時か来た道」を思い起こさせるものがあります。

 三全世界は有為転変、諸行無常。若しかしたら貴兄姉の居所近くのご存知のビルの幾つかは既に密かに流動化されているかも知れませんね。そんな私の休息の一日、近所への散策で撮った、この夏取分け元気な百日紅(さるすべり)の紅白の花。

’04.08.07.PM 痴恵歩夫

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2004年7月 3日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】梅雨立葵

_2_105  昨日(金曜日)の東京は朝から明るくカラリと晴れ上がった好天が続いて梅雨には有るまじき爽やかな一日で在りました。そして一夜明けた今日も我が家の在る神奈川ではその余韻の朝を迎えています。

 私の定点観測ウオーキングは地下鉄日比谷駅からの階段を登って公園口を地上に出て初めてその朝の皇居濠端の気象に遭遇、暫らくその気象に浸って歩くというものですが、“気持ちの浮き立つ好ウオーキング日和”ということでは ここ二年余の私の記憶の中でも出色の一朝でした。※写真はクリックすると拡大できます

 そういえば一昨日の七月一日は夏至から数えて十一日目に当る半夏生(はんげしょう;田植えも終わり、梅雨明けの時期と言われる)。昨日の朝はあまりの好天にもしかしたら!と想い付いて、早速に日比谷公園の入り口近くに植えられたタチアオイの様子を視に行きました。

 梅雨時の花で高さ3Mになり1M以上にもなる花序の下から開花し咲き登り、梢に到った時に梅雨が明けると言われる“立葵”(別名:梅雨葵)は株の多くがやはり、青空に向って頂の花を咲かせていました。(写真)

◆タチアオイ 梅雨よ明けよ と梢花    与里

’04.07.03.AM 浪漫老翁乱

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2004年6月26日 (土)

♣フットサルコート【近隣逍遥】酔芙蓉

_3_23_210_3 ※写真はクリックすると拡大できます

◆フットサルの日暮れがたく酔芙蓉   与里  

   梅雨真っ盛り、「梅雨が大好き!」という向きには未だお目に掛かったことはありませんが、この時節を如何お過ごしですか?

 梅雨の晴れ間の先々週末の私は毎年恒例の勤め先の社旅行に参加。社員慰労行事が廃れる世相の中でもそこは流石に守旧・伝統的組織のこと、金曜日の終業後に“横浜みなとみらい地区”の豪華ホテルに集まってデスマッチ風大宴会を開催して宿泊、明土曜日は付近を散策後中華街で又々昼席宴会を開催して解散という段取り、二度の宴会と久し振りの炎天とで疲れました。

 重く雨雲が空一面を被いつくして陽も月も星もない、時折その空をいっそう暗くして吹く黒南風(くろはえ)が更なる湿気を持ち込んでくるこの時節は誠に鬱陶しく、生れ付いての湿気嫌いの身にはこたえる季節です。

 代わり映えしない梅雨空の下ながら季節は着々と進行するものと見え我が家の周辺ではマロニエ・栗・朴の花はとっくに終わり栗などは既に小さなイガイガな実を付けているものも見られます。
 
 卯の花や紫陽花が色褪せ盛りを過ぎたところで早くも芙蓉が盛んに花を付け始め、高木に捲きついて咲くノウゼンカズラ(添付写真)の花の梅雨景色には不似合いな派手な橙色が目にまぶしく飛び込んできます。

 芙蓉もノウゼンカズラも梅雨をあざむく真夏の花、この分では花芽時の台風到来で昨年は咲かなかった百日紅の並木に花が付くのも間もないこと? 相変わらずの温暖化は道端で見つけた青ススキに穂!

 芙蓉は“一日花”で夜その日の花を房ごと足元に散花して、翌朝新たな花を夏中休む暇なく咲かせ続けるスタミナ抜群の花。 フットサルコートの生垣を成すこの“酔芙蓉” は朝咲き始めの花の純白が開くにつれて紅色が点してくるのが名前の由来でとても美しく、妻も私も大好きな花で毎年10月一杯まで買い物途上のひと時を楽しませてくれます。※本当のところは、写真の八重の花がに酔芙蓉か?チョッと自信が無いのですが。

◆フットサルの日暮れがたく酔芙蓉   与里

’04.06.26.PM 痴恵歩夫

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2004年6月12日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】梅雨の皇居濠端

_2_126_2_129 ※写真はクリックすると拡大できます

◆五月雨や新ビル映し日比谷濠   与里

雲の中?風の無い空一面の曇天の朝、音も無く均等に降り続く細雨が作る無数の微小な波紋を浮かべて尚、淀み静まりかえって柳の並木越しにビル影を映す濠の水面の所々でその平滑を破って大きな波紋を放っているのはこの時節に元気な鯉達か。
 
 本来冬鳥の白鳥、日比谷濠のホワイト夫妻、馬場先濠のブランカ夫妻、和田倉濠の白夫妻は何れも堀端の人気を避ける様に水面の奥遠くに浮かんで鬱陶しげに首をたたんだまま動きません。

鳥といえば皇居の濠には似つかわしくない?鵜が盛んに潜って捕食している所を時々見ますが、夏鳥ツバメの姿を今年は全く見かけません。

 「ビルの建て直しが進んで彫り深く凹凸の多かった旧来のファサードが近代的で?保守監理のし易いのっぺりしたファサードに変わって、巣作りの場所が奪われツバメが都心から姿を消しつつある」という昨年の今頃のニュースを想い出します。

 又、最近はプロパティ・マネジメントと称してビルの合理的・効率的な保守管理を専門業者を使って行う様になっており、家賃を払わないツバメ達は当然の様に退去を迫られることにも為っているのでしょう。

 この所の定点観測ウオーキング、皇居の濠端は梅雨の煙雨にすっぽりと包まれて街の色はモノトーン、音も活気に満ちた響きを失っています。そんな道中をねぎらうかの様に和田蔵橋脇の二株の紫陽花が今を盛りの色鮮やかな満開姿で私を迎えてくれます。それも由緒正しき瑠璃色の鞠。

◆五月雨に新ビル映す日比谷濠    与里
 
以上。 ’04.06.12.PM 浪漫老翁乱

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2004年2月11日 (水)

♣一句一葉【近隣逍遥】紅梅の花

0402_2 ※写真はクリックすると拡大できます 

◆紅梅に見染められたる花寺の坂   与里

 それは2月初旬の好天の朝、妻との遠出の散歩の折に立ち寄ったこの辺りでは四季折々の花見で名の知れた隣町のひなびた古刹でのことでありました。
 
 その寺の裏山裾に在るちょっとした梅林の坂道で足元を気にしながら登っていた時に、ふっと気配を感じて見上げた私の視線の先に澄んだ青空を背景にして真っ直ぐに私を見詰めている一輪の紅梅の花と目が会ったのでした。
 
 もちろんその樹には他にも沢山の花が今を盛りに咲いて居たのですが、周囲とは際立って美しいその花一輪だけがその時、どう謂う訳か正確に私の方だけを向いて咲いていたもので一瞬のときめきを覚えました。

’04.02.11.AM  痴恵歩夫

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2004年1月10日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】寒暁の日比谷濠と初屋台カレー

040107jpg_2_1 030107_2 ※写真はクリックすると拡大できます

◆寒暁の街灯(ひ)点す濠ばた初出勤   
◆発寒波 初屋台カレー 初出勤       与里

 私の仕事始めは7日(水)でしたが生憎のことに、元日以来緩んでいた冬型の気象が一転して寒波の襲来と重なって、正月で弛んだ体にはヤヤ辛い初出動でありました。
 
 そんな朝「定点観測」初ウオーキングで例によって地下鉄の出口を登り切って十日振りで目にした日比谷濠は、充分に明けやらぬ薄明の中、北風も無くシンと静まり返った水面に未だ点る街灯の明かりを映して此れ迄に無く静かに堂々として人を打つ佇まいと精気に満ちた空気を感じさせ、思わず背筋を伸ばしたものでした。

 これが歳時記に謂う “淑気” (新年になると、どことなく天地に瑞兆が満ちているように感じられるもの)か!と一時の感慨に耽ったものでした。そしてこの日の昼時の大手町サンケイビル広場は早くも勤勉なランチ屋台で賑っていましたが、寒波到来のせいか?正月料理の対極を求めてか?本日の人気メニューは “熱々のカレーランチ” でした。    

’04.01.10.PM. 浪漫老翁乱

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2003年12月22日 (月)

♤丸の内~大手町【定点観測】師走三題

_2_90 _2_91 _2_133 ※写真はクリックすると拡大します 

 立冬、小雪、大雪去って、今日は冬至、そして小寒、大寒へ(冬の六節気)。“冬至” と言う文字や音声を新聞やテレビ・ラジオでなかなか行き当たらぬ時代に何時の間にかなってしまいました。 
 
 一昨日の中部以西は時ならぬ大雪とか、暖かな日が続いた後の不意の風流な雪景色も又、天候不順を旨とする今年の酔狂なのでしょが、ここ南関東ではこの所は晴れ日が多く丹沢越しに何時も富士が覗いています。

 ◆掃く手とめ度々見上げる富士師走   与里

写真は、

①この所、皇居の濠で急に目立って数が増えている都鳥(冬の渡り鳥、ユリカモメの別称)、画面右下にやんごとなき皇宮スズメがちゃっかり写ってしまっていました。

②来夏から解体工事が始まり2007年の完成を目指して、英設計家のマイケル・ホプキンス氏のデザインにより建替えが決まっている、新丸の内ビルヂングの最後のクリスマスツリー。
 
※新館は、高さ198m、地上38階、地下4階、延床面積19万5千㎡(隣接丸の内ビルディングの1.2倍)、7割はオフィスで、~6階迄の物販・飲食の店舗面積は同1.2倍の約2万1千㎡で丸の内地区最大の商業施設となる、総事業費は9百億円。

③最近出現の新手の人気屋台、美味しそうな沢山のロースト中の鶏をこれ見よがしに見せ付ける、車体がオーブン其の物と言った屋台。「熱々のロースト鶏を目前で切り分けて、炊き立てのご飯のうえに乗っけて売る」と言う単純なメニューですが、これが、視覚、嗅覚に訴えた上に、12月、クリスマスシーズンと言う時も味方してこの所大当たりで、他の屋台が “やってらんない” と言う程の繁盛振り。   

 ’03.12.22.PM 浪漫老翁乱

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2003年12月14日 (日)

♠夕焼け富士【じじぶつぶつ】年末ジャンボ宝くじのイメトレ

Photo_54 ※写真はクリックすると拡大します 

         ◆冬夕焼け富士の高嶺のシルエット   与里 

 昨日、今日と南関東は素晴らしい快晴で、我が家からは丹沢山塊越しの富士を終日見ることが出来た。

 師走と来れば “年末ジャンボ宝くじ”今年も12月に入ってから、日にちや場所を変えて例年通り連番二組、バラ一組の30枚を購入しました。私は宝くじに関してはビギナーズラックとでも言うか、30年ほど以前に2等の組違い賞の6桁(十万台)全ての数字が当たってビックリしたことがありました。

 組が違えば(当時は組が一桁の10組未満)当然百万台外れた訳です。引き換えに身分証明が必要だった賞金の5万円は同僚との酒代に消えたものでした。そしてそれ以後、毎年の様にせっせと宝くじを買い続けましがこれを越える当選は未だにありません。

 この時期仕事先では、昼食時の食卓を囲んで罪の無い“宝くじ話”が弾みます。つい先日のことですが普段真面目で通している人物から 「自分はジャンボ宝くじに当たった時に備えて、毎年12月はイメージトレーニングに励んでいる」とかなり大真面目な告白があって、一同、呆れるやら、感心するやら、あげくの果ては隣近所のテーブルがビックリする程の爆笑を誘うことと為りました。

 その真面目氏いわくイメトレの第一歩は、「大晦日放送の当選番号との照合作業を、家族・近親者の面前で行うべきか否かを検討する」こと、即ち、開示範囲の特定を行うのだそうですが「家族とも秘密保持協定を結ぶのかどうか」に付いては、聞き漏らしました。
 
 次には、「当選後は極力外出を控えて部外者に会わない様にするが、止むを得ずに会う人達からは悟られない様にする」こと。又、「当然予想される本人の多大な驚きや喜びを顔の表情・声・挙動上に不用意に表さない。時にあたって落着いて自然体で振舞える様、日頃から鏡に向って表情トレーニングを重ねる」こと。

 併せて、「当選券の機密・安全・確実な保管方法を前もって準備するが、その際は家族・近親者はもちろんのこと、犬・猫、鼠、ゴキブリ、蚤・虱等からも充分に安全な場所を選定する」こと。

 又、「正月明けは理由を付けて出社はせず、その理由も会社側には当選を悟られない様(部外者とした家族・近親者にも同様)な内容を事前に考えておく」そして、「正月明け最初の銀行営業日には、然るべき みずほ銀行の店舗(近場は避ける、事前に調査選定しておく)に出向いて速やかに当選券の換金手続きを行う」こと。

 尚、「その時家を出るに当たって、隣近所の人と顔を合わさない時刻を選び、止むを得ず会ってしまった場合は話し込まず、目は合わせない。 当選券は海外旅行用の腹巻型の貴重品入れを使い肌身離さずに輸送に当たる」こと。

 更に、「しかるべき みずほ銀行の店舗に着いたら、周囲の客に気付かれない様に来意を告げ、支店長室(間違いなく支店長マターであろう)では取り乱して茶碗をひっくり返したり、たばこを逆さにくわえたりしない様に注意して極々自然体に振舞うが、その時勤め先名等は決して明かしてはならない」こと。
 
 当日は、「賞金を現金化して持ち帰るのは危険が大きいので、一旦はみずほ銀行に口座を設けて預けることとし、後日の運用の為に随時引き出し可能な総合口座とし、その場ではそれ以外の取引には応じない」こと。

 更に、更に、ここからが大事と氏いわく、「賞金○億円が自分のものになった喜びのあまりに、階段から転げ落ちぬように気を付けて支店長室(2階に在る場合が多い)から退出する。そして玄関まで送りに出て来るはずの支店長や行員への鷹揚な挨拶を忘れない様にして銀行を出ることとなるが、振り向きざまにあわてて車道へ踏み出して車などに轢かれない様に充分に気を付ける」こと。

 又々、「帰途に当たっても気を赦すことなく、緊張を持続して真っ直ぐに帰宅する。道端で思わず突然の万歳!をしてしまったり、ニタついて歩くなどの目立つ行動はしない。また喫茶店などに立ち寄って、日頃から一方的に好意を寄せている××子などに電話してみたりは決してしない」こと。
 
 そして、無事家にたどり着いたら、「先ず、誰も来ない部屋に入って鍵を掛けて初めて、転げまわって喜ぶのも好し、泣くのも好しであるが、一通り激情が治まったところで、頬を強くつねって、初夢でない事を今一度確認する。そして、おもむろに、会社を辞める手順と、その後のストーリーの作成を開始する」こと。云、云々・・・・・・・・。
 
 彼には、まだまだ後の話があった様なのですが、既に午後の始業の時間が来てしまい、の場はお開きとなりましたが、 自分の話で高揚したのか彼の瞳がその日の午後中、異様に輝き続けていたのを私は見逃しませんでした。
 
 それにしてもここ十数年間、師走になる度に鏡に向って万歳を我慢したり、笑いを噛みこらえるトレーニングと行動シィミュレーションを繰り返すと言うのも微笑ましさを超えて怖いものがありますが、「未だ一度も実行したことが無いからこそ、来るべき事態に備えてイメージトレーニングと万全の準備が必要なんだ」との彼の主張を否定するつもりはありません。

  宝くじをお買いになって、未だ高額当選の経験の無い方は健康・身の安全の為にもこの超真面目氏のひそみに倣って、早速にイメージトレーニングを始めて見ては如何でしょう。 何、もうやっているって!

’03.12.14.PM 新百合ヶ丘・しおの

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2003年12月 6日 (土)

♤丸の内~大手町【定点観測】日比谷公園の雪吊り

0312_3 ◆雪吊りや鯉も物見の小春かな  与里

 十二月も後3週間余、十一月以来の飲む機会の多さにやや閉口気味で師走に突入、
まだまだこれから5回余の忘年会を控え、この週末を迎えてホッと一服している処です。

 この処の都心はHeat Island現象で郊外より余程暖かいとみえて皇居濠端の柳はまだ緑の葉を付け、日比谷通りのイチョウ並木もやっと黄葉して少し散り始めたと言った所で、南北に走る通りを時おり吹き抜けて来る冷たい北風の感触を別にすれば視覚的にはまだまだ冬の気配を強く感じるものは在りません。    ※写真はクリックすると拡大できます

 そんな師走最初の週の朝の定点観測ウオーキング、久し振りに日比谷公園に寄り道することにしました。こんな時は日比谷公園へは有楽門から入って祝田橋への門に抜け、内堀通り二重橋前の皇居外苑を散策して、和田倉噴水公園を通り和田倉橋から日比谷通りに戻って、大手町へ向うコースを約35~40分掛けて歩きます。

 写真はその日比谷公園の心宇池端で見付けてしまった、何と、なんと“都心の雪吊り風景” の一撮。日比谷公園の有楽門を入って間もなく左手に心宇池は在りますが、この池は公園になる前は江戸城の濠の一部で、上から見ると “心の字”を崩した形をしており、それが名前の由来で、鎌倉・室町時代の伝統的な日本庭園をなぞらえていると言います。
 
 12月3日水曜日には既に一本目の雪吊りが出来上がっており二本目も半ばに掛っていたのですが、初めて見付けたその日の私は都民でも無いのに、「兼六園でもあるまいし、およそ積雪の恐れも無い当節の都心で“雪吊り” とは何と無駄なことを!」と放漫な管理をなじりたい気持ちでありました。

 しかしこの写真を撮った5日金曜日には、池端に程好くあしらわれた三本の松の作業を終えた“雪吊り姿”の美しさに、しばし足を止めることとなりました。功罪半ば、いやいや “功!”、無節操に街中に溢れるクリスマスツリーに比べれば上等、上等。 ※写真の背景左手は帝国ホテル。右手前の岸に公園一の美猫ノラ・ブラウン嬢が写ってしまったのはご愛嬌。

◆雪吊りや鯉も物見の小春かな  与里

、’03.12.06.PM 浪漫老翁乱

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